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カテゴリ:本( 303 )

『ロビンソンの足あと』高橋大輔

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先日、書いた平松洋子の『食べる私』の中で探検家の高橋大輔のことを知り、この本を読みたくなって検索したらAMAZONの古書で出ていることが分かりました。

日本での版元は、日経ナショナルジオグラフィック。
新刊は、こちらで売りに出ているようですが、古書で十分と安い方を選択。ナショナルジオグラフィックのサイトの方で、25ページまでは立ち読み出来ます。インタビューも読めます。

と、まぁ手に入れた経緯はこんなところで…(笑)

読み出すと、結構止まらない。

著者のロビンソン・クルーソーの暮らした場所を見てみたい!という情熱が簡潔な文章で伝わってくる。と、同時にロビンソンのモデルとなったアレクサンダー・セルカークの事跡を調べるためにスコットランドまで出掛けて行ったり、ニューヨークの探検家クラブでの講演会に端を発してナショナル ジオグラフィックの援助を受けるまでの面倒な手続きなど、子供の頃の夢を実現させていくプロセスにも胸を打たれる。
この発見に至る間に、専念できるように会社を辞めてしまうのですから(というか途中まで会社の休暇を使いながら、ここまで調べたエネルギーは凄い!)。

実際に南米チリのサンチアゴから沖に670kmのロビンソン・クルーソー島での発掘許可を得て、発掘を始めてからの日々。住居跡と目された石積みの跡を発掘していくと、出て来るのはスペイン人が入植した痕跡ばかり。失意と僅かな希望にすがる日々は、発掘期間の残り僅かな日々にチリの考古学者がさらに掘り下げた時に見つかった焚き火の痕跡と金属片がセルカークの住まいだったことを暗示させてくれる。
その金属片は、航海士などが使うデバイダーの先端だったのでは…。

10年にわたり粘り強く謎に挑み、多国籍チームを率いて、最後にたどり着いた奇跡の発見。
もう一度、デフォーの「ロビンソン・クルーソー」を読んでみようかな。

デフォーの物語には、当時のイギリスの植民地政策を推し進める意図が隠されていたという指摘もありますが、子供の頃にはそんなことは微塵も思わず、ロビンソンが智恵を尽くし、信仰に目覚めて神に感謝しながら生き延びる姿に単純に感動しただけだったので…。


by dairoku126 | 2019-05-16 11:48 | | Comments(0)

『武道的思考』内田樹

e0171821_10032016.png書店で見かけた時に、内田樹と武道というのが結びつかずに「えっ?」と思ったけど、なんと合気道七段、居合道三段、杖道三段という立派な武道家だったのですね。

内容は、こちらにあるようにブログやあちこちに書いた武道的思考に基づいた文章を筑摩書房の編集者がまとめ上げたものですが、なかなかに面白い内容でした。

タイトルから最初に連想したのは、日頃の論考とは一線を画した「武張った」ものかと思いきや、精細に論考を進める内田樹ならではの深い武道論。
武道とは「いのちがけ」を想定し、心身の感知能力を高める技法であるとの論。
けっして、相手を屈服させる「力任せ」の技では無いことを説いています。
技が熟達してくると、他者と自分が感応しあって、お互いに繰り出す技の速度が上がるということには驚かされました。

幾つかの章に分かれて、論が進められていくのですが、第四章「武士のエートス」、第五章の「二十一世紀的海国兵談」が時事を取り上げながら(書かれたときには、まだ民主党政権だったけど)論考を進めていて頷かされることばかり。当時と政権の主は変われど、状況はさらに悪化していることもあるしね。
政治家や官僚といった治国を司る「武士階級」に必要な「武道的思考」に裏打ちされた倫理が、まったく喪われてしまっていることを鋭く批評しています。
「武士のエートス」の冒頭で「痩我慢の説」で福沢諭吉と勝海舟の間で交わされた「武士」の倫理観のやりとりには感心しました。

能楽師にして、「論語」を学ぶ学塾を主宰する安田登の解説も、またまた良い。
占領下で「武道」を禁じられてから、我々の世代を含めて「武道」の本当に深い意味を見失ったのかもしれません。

by dairoku126 | 2019-05-14 10:48 | | Comments(0)

『食べる私』平松洋子

e0171821_10002351.pngいや、この人はホントに凄い!
平松洋子の本にハズレは無いのですが、この本は「食」を取り上げながらインタビューした人の輪郭を見事に浮き彫りにしてくれている。

生きるために人は「食」と関わらずに居られないのですが、その向き合い方からその人の成り立ちが見えてくる。
「オール讀物」に3年間にわたり連載したものを書籍化したものですが、29人との対話(対談の域を超えている)を通して相手の核心を引き出して行くところにホトホト感心しました。

第1回目のデーブ・スペクターは「おいしいものは無駄」と言い切り、最終回の樹木希林は「食べることにはいろんな記憶がつきまとう」と…。
毎回、対話する相手の著述や資料を丹念に読み漁り、対話相手のおぼろげな輪郭を掴んでから対話に臨み、臨機応変に話題を振りながら相手の「生の核」ともいえる言葉を引き出す柔らかなチカラ技に魅了されてしまいました。
29人との対話を読んでいくと、知っていたり著作を読んだ人の中では「なるほどな」と思うこともあれば、予想外の答に意表を突かれたり…。

まったく存在すら知らなかった人も居たけど、興味を喚起された人も何人か居ました。
特にロビンソン・クルーソーの足跡を訪ねてモデルであったセルカークの無人島の住居跡を発見した探検家の高橋大輔(同姓同名フィギュアスケーターとは違います)とか登山家兼狩猟家の服部文祥なんて面白かった。

特筆すべきは、芥川賞を受賞後に官能小説に転身し、人前には出ること無く謎の存在だった宇野鴻一郎が許諾を与えたことです。そして、会う前に宇野から読むように指示された資料を熟読して向かった先は横浜の大邸宅。エントランスルームに入るなり目についたのはシルクハットとステッキ、フルセッティングされたダイニングテーブルやボールルーム(舞踏室)など謎めいたしつらえの中で待っていたら登場したのはエナメルシューズに燕尾服姿の本人だった。

読み終えてから、それぞれの人物の生きてきた世界が目の前に提示されたようで不思議な感覚に襲われました。

岩下尚史の解説も、本文に劣らず名文です。
さまざまなエッセンスに満ちあふれた本といえるでしょう。

by dairoku126 | 2019-05-10 10:51 | | Comments(0)

『私がオバさんになったよ 』ジェーン・スー

e0171821_09561602.png娘から借りた本。
ジェーン・スーが一度対談したことがある人の中から「もっと話したい…」と思う人をピックアップして再度対談したもの。

光浦靖子、山内マリコ、中野信子、田中俊之、海野つなみ、宇多丸、酒井順子、能町みね子(彼女だけ初めての対談)というラインナップですが、見るからにジェーン・スーらしいよね。

みんな、40~50代に差し掛かった「人生の折り返し点」を過ぎて掴んだ思いを語っている。まぁ、私の娘の同世代が何を考えているのかにも興味があったけど…。

それぞれとの対談を読むと、話す内容がきちんと整理されていて、とっ散らかること無く見事に収斂していく。ラジオでの相談を聴いていて思うのだけど、整理して分析して焦点をクッキリさせる…というのはジェーン・スーの最大の武器ですね。
サラリーマン生活をキッチリやって掴んだ思考方法なのかも…。

それぞれが、我が道を行く人ばかりなので話の内容は面白いのですが、僕としては田中俊之の「男性学」、中野信子との話が面白かった。
帯の裏に書いてある結論的なことは、こちらを見てください。

読んでいて、つくづく思うのは「今のデキる女性達」は、結婚という形態を取らないまでも「内縁の主夫」というパートナーを抱えていることも興味深い。
これがホントの「適材適所」ではないかと思うほど、家事に長けた男は専業主夫という地位を与えられてイキイキとしているようです。
日本会議の方々が読んだら、どう思うのかと…まぁ、読まないか(笑)

考えることをやめない。
変わることをおそれない。
間違えたときにふてくされない。

ジジイも、こんな指針で生きて行かないと社会の中で浮いてしまうかも(笑)
内容に興味がある方は、チラッとですがこちらで読めます。



by dairoku126 | 2019-05-08 10:43 | | Comments(0)

『パリ妄想食堂』長坂道子

e0171821_14181916.pngタイトルに釣られて読んだ

著者は、京大哲学科を卒業してからファッション雑誌『25ans(ヴァンサンカン)』編集者を経て、パリに留学。7年間のパリ滞在中にフリーのジャーナリスト、エッセイストとしてデビュー。
その後、ペンシルヴェニア、ロンドン、ジュネーブを経て現在はチューリッヒに在住。
著作のリストを見ると、食文化、ファッションから南北格差、難民まで守備範囲はかなり広そうな人ですね。

この本は、主にパリの「食」にまつわる記憶を綴ったもの。
AMAZONの著者ページには「タルティーヌ、カヌレ、マヨネーズから、鴨ラーメン、焼き鳥、そしてワインまで。中国人の友達、三つ編みの女先生、大女優の横顔から、ヴィオラ弾きのMちゃん、チュニジア出身のおじさんまで。
味や色や匂い、共にした食卓、一人で呑み込んだバゲットまで、食べ物をトリガーにしたパリ時代の記憶の旅、妄想の数珠繋ぎ。美味しくて可笑しくて、少し切ない食エッセイの文庫書き下ろしです。」とあります。


初めて読んだ人なので、文体に慣れるのに時間がかかりました。
というか、女性誌的な文章というのかな?
なんか言いたいことは分かるんだけど、もっと素直に言ってよ…という感じというのか?
文章が引っ張って行ってくれない。
ブログを読むと、こちらはスラスラと読めるのに…。

なんか、モヤモヤした感じで読み終わった本でした。


by dairoku126 | 2019-05-06 14:55 | | Comments(0)

『嘘ばっかり』ジェフリー・アーチャー

e0171821_14284321.png久しぶりにジェフリー・アーチャーの短編を読んだけど、面白かった。イギリス人は、短編が上手いのかな?

翻訳者の「あとがき」によるとハードカバーで出して、翻訳にかかったらペーパーバック本にする時に、かなり書き直し、しかも1篇追加して15篇にして翻訳者が慌てさせられたらしい。

イギリスが舞台のものだけでなく、アメリカ、カナダ、フランス、イタリアなど諧謔とウィットに富んだ話が並んでいます。
おまけに次回作の冒頭の冒頭まで載せるというサービス付き。
続きが気になって仕方がない…と作者に引っ掛けられた感じ(笑)

帯に「人生いたるところに地雷あり。最後の1行まで油断は禁物!」とあったのですが、原題「Tell Tale」とあるように他人から聴いた話に触発されたと☆印がついている話がほとんど。Tell Taleの意味は、Telltaleと同じなんでしょうね。

ヒッチハイクしながら他人の話を聴き、作家としてのアイディアをもらおうとするスタンフォード大学で文学を学ぶ女子学生が古びたスチュードベーカーに乗った老人の話を聴き取りながら話が進んでいく「無駄になった一時間」では、女子学生がスタンフォードの校門で降りる時に、その老人がスタインベックだったと明かすオチがついている。

ジェフリー・アーチャーらしく金融ものも多い。
ふとしたことから保険金詐欺にハマった夫婦がどんどんエスカレートして行く「生涯の休日」では、結末がABC3の案も提示されていたりするのも珍しいことです。
カナダの地方銀行に勤める副支店長がリストラされることに怒りを覚えながら顧客の秘密に気付き、その口座を乗っ取ろうとする「上級副支店長」も成功寸前で破綻を迎えそうになりながら…意外な結末が待ってます。

良い味を出しているのが、イタリアを舞台にした「だれが町長を殺したか?」町民が全員、おれが殺したと名乗り出て来てナポリから出張してきた敏腕刑事を悩ませる話。
ニヤッとさせるオチがついてます。

江戸時代のスーパーヒーローにかかりきりだった1ヶ月半の後は、こういう軽妙な話も良いですね。

by dairoku126 | 2019-04-22 15:12 | | Comments(0)

『居眠り磐音江戸草子(全51巻)』佐伯泰英

e0171821_09520154.png2002年から15年間にわたり書き継いで来た「磐音シリーズ」。
時代小説家・佐伯泰英の人気を不動のものにしたシリーズです。

オリジナルは二葉文庫から出ていましたが、著者が新たに書き直したものが文春文庫から出始め、また5月には松坂桃李主演で映画化とのこと。ふと思い立って、全巻を一気に通読してみました。
ふー、さすがに長かった。

15年にわたるシリーズなので、かなり忘れてました。
しっかりと覚えていたのは、10巻目あたりまで(笑)
やはり、最初の方が勢いと情熱を感じます。

豊後関前藩の内紛が最初から終わりまでで都合3回。
その内紛が、物語全体の起承転結となっている(偶然なのかもしれませんが…)。

浪人暮らしから、尚武館佐々木玲圓道場の後継者として将軍嫡子・西の丸家基の剣道師範となり、家基の将軍就任を厭う田沼意次の陰謀により家基が毒殺され、全面対決となってからの流浪を余儀なくされ、高野山の懐で庇護されつつ江戸復帰を果たし、最後は新将軍・家斉によって神保小路の尚武館道場再建へ。
そして、最後は父・坂崎正睦の臨終間近の関前で、最後の藩騒動を解決して終わる…というのが大きな流れですが、剣豪小説でありながら人情ものの要素も多く、またビルドゥングスロマンでもあるというのが、飽きさせずに読み続けて来られた要因なんでしょうね。

許嫁であった奈緖、今小町と称されるおこん、磐音に惚れる姫様・織田桜子、雑賀衆の霧子など、登場する女性達も魅力的です。
上は将軍から大名、御典医と武家のエリート層と、川向こうの本所深川などの貧乏御家人・職人、棒手振など貴賤を問わずに登場人物が配され、それぞれが役割を果たして行くところにも、このシリーズの親しみやすさがあるのかも。

それにしても、これだけ長大なシリーズをよくぞ書いたもんだ。
30巻あたりから後は、「こんな話あったっけ?」と思うようなことばかり。
それだけ、最初の方の印象が強かったんでしょうね。
一番最後に読んだはずのラスト2巻は、ほとんど記憶になかった(笑)

今年になって、作者が気になったところを直して新刊本として出ていますが、若い時に書いたオリジナルの方が雑でもエネルギーがあると思うので、こちらは読まなくて良いと思って手を出していない。「古着屋総兵衛」を新潮文庫から出し直した時にも書き直したけど、こちらもオリジナルの方が良かったし…。
新潮社とか文藝春秋など大出版社の編集者というのは、細かいキズを嫌うんですかね?

1ヶ月半くらい他の本を読んでなかったので、読む本が溜まってます。





by dairoku126 | 2019-04-19 14:10 | | Comments(0)

『ロマンシェ』原田マハ

e0171821_09513460.png原田マハとしては、特異な文体で書かれたスラップスティック系のアートなコメディ小説
読み始めた時には、”なんだ、これ?”という感じもしないでは無かったけど、読んでいくうちに舞台がパリのリトグラフ工房”idem"に移り、原田マハの世界に引き込まれて行くように…。

というのも、主人公であるイケメンの美大生・遠明寺美智之輔(おんみょうじみちのすけ)は、隠しているけど恋愛対象が同性。しかも、父親はミソジニストの典型の保守系政治家、自分の政治基盤確立のためには美智之輔の卒業と共に幹事長の娘(15歳も年上)との政略結婚を目論んでいる…というというキャラクター設定にしたので、違和感が否めない文体になったのでしょうね。

ただし、話の筋はキッチリとアートの世界を描いて行くのが原田マハならではの展開。
パリに留学してからの方が違和感が無いのは、あの街の雰囲気がジェンダーフリーな感じがするからでしょうか?
ちゃんと、居場所があるんです。美智之輔君(パリではミッシェルと呼ばれている)の…。

そして、原田マハらしいのは、物語の展開に合わせて”東京・丸の内ステーションギャラリー”とのコラボで”idem”の展覧会を企画してフィクション(小説)とリアル(展覧会)をリンクさせてしまったこと。文庫本の巻末に東京・丸の内ステーションギャラリー館長が、そこら辺の経緯を寄稿しています。

さらに、小説の方でハードボイルド作家として登場してくる羽生光晴が展覧会のパンフレット用に短編小説を書いている。(もちろん原田マハが書いているんですけど…)

アートの世界の中で、”リトグラフ”を素材に小説を仕立て上げたのは、キュレーターとして美術館に関わってきた原田マハならではのもの。
リトグラフというものは、知っていたけど、これだけ奥深いものだとは思わなかった。
ちなみに、単行本の表紙になっていたリトグラフも展示されていたとか。

原田マハの公式サイトの自伝的プロフィールを読むと、「わが人生のキーワードは「度胸」と「直感」だとわかった」とありますが、この小説と展覧会のコラボなんてのはまさに「度胸」と「直感」の産物なんでしょうね。

それにしても、”お姐”の文体はもう少しやりようがあったと思うんだけど…(笑)

by dairoku126 | 2019-03-16 10:51 | | Comments(0)

『ちゃんと話すための敬語の本』橋本治

e0171821_10213377.jpg冒頭に「正しい敬語の使い方を教える本ではありません」とあるように、この本は敬語をマスターするための「実用書」では無く、小学校高学年から中学生を対象に書かれた「啓蒙書」です。
とにかく、読み終わった後に納得度が高い!

我々、団塊の世代が「啓蒙の世代」と言われたように、団塊の世代のトップランナー・橋本治氏の立ち位置は「啓蒙」ということに力点が置かれていたのではないでしょうか?

そもそも、世の中に身分制度がハッキリしていた頃は(江戸時代の士農工商とか)「敬語」なんて単語はありませんでした。
目上の人に話す時には然るべき言葉を使うことは、当然のこと。

さらに遡って、日本で身分上の序列が出来たのは、聖徳太子が冠位十二階の制度を作った時から。冠の色で序列を視覚化することから始まりました。
…という風に、敬語というか相手との距離感や上下関係を踏まえた言葉の歴史を紐解いて行きながら、相手との距離感によって言葉を使い分けることの大切さを「啓蒙」してくれる。

敬語+謙譲語+丁寧語が複雑に入り混じったのが、現在の「敬語」と言われる言葉。
ここら辺を実にスッキリと解明してくれます。

面白かったのは、日本語には「YOU」という二人称が無かったこと。
特に関西圏では「われ(我)」とか「自分」という本来は一人称の言葉が二人称として使われていること。
それも使われる時は相手を威嚇するというか、怒りとか罵る時に使われるということですね。
江戸弁でも「てめぇ(手前)!」とか使いますけどね…。

現在使われている二人称「きみ」、「あなた」、「おまえ」と並べると分かるのですが、相手との距離感(親しさ)が本来の意味とは逆転している。
本来は「御前」、「貴方」、「君」の順番で尊敬度が高いもの。
いつ、どこで、逆転したのでしょうね?

ちゃんとした大人になるために身につけておくべきことを、分かりやすく「啓蒙」してくれる本です。
国会議員、政治家の方々は、この本をちゃんと読んでおくべきでしょう(笑)

by dairoku126 | 2019-03-13 11:11 | | Comments(0)

『落陽』朝井まかて

e0171821_09332705.png明治神宮造営にまつわる小説です。

主人公は、華族や貴顕の醜聞をネタに強請を働くようなイエローペーパー(ごろつき新聞)の記者・瀬尾亮一は、明治天皇重篤のニュースを掴んだが、初めて宮中の重大事が新聞を通して庶民に晒されることに新聞記者魂を揺さぶられる。
天皇快癒を願い、万余の市民が宮城前にぬかずく中、天皇は崩御。
直後に、渋沢栄一を始めとする財界人が東京に「御霊を祀る神社を帝都に創建すべし」と動き始める
大隈重信首相は、天皇を祀るのであるから杉や檜など針葉樹の荘厳な森を築くべし…と神社の格式に拘る。

一方、東京帝国大学農学部の講師・本郷孝徳は、東京の風土に合わない杉や檜で森厳荘厳な神宮林建設は不可能!と風土に適した落葉樹林を進言するも、雑木をもって天皇を祀る神社を創るとは…という反対に直面する。
しかし、曲折を経て神宮造営が決定すると本郷は取材中の亮一に「永遠に続く杜」を創る覚悟を漏らす。ジャーナリスト魂に火を点けられた亮一も、取材中に芽生えたテーマ「明治天皇の生涯とは」に挑み、苦難を乗り越えて取材を続けていく。

全国各地から献木された苗木10万本、労働奉仕のべ11万人、完成は150年後。
陸軍の演習地であった代々木の地でスタートした壮大なプロジェクトを、明治から大正にかけての動きを捉えながら、良く描いて居ると思います。

中を歩いてみると、150年経っていない現在でさえ、鬱蒼とした荘厳な杜という感じがする明治神宮ですが、最新の植物学と古来の常識が丁々発止とやり合った経緯が面白い。
重くはないけど、重みのある小説でした。

by dairoku126 | 2019-03-07 13:22 | | Comments(0)