カテゴリ:本( 239 )

追悼、加藤廣さん。

e0171821_10311960.jpg作家の加藤廣さんの訃報を新聞で読みました。
金融ビジネスの世界で要職を重ね、75歳にして作家デビューを果たしたという経歴の持ち主。

「本能寺の変」を題材に、「信長の棺」、「秀吉の枷」、「明智佐馬助の恋」という「本能寺三部作」をはじめ、時代小説に独自の解釈で挑んだ作家でもあります。
史実とは違うのでしょうが、それはそれで面白かった。

「信長公記」の作者・太田牛一とか前野将右衛門など、歴史的には比較的地味な存在にスポットライトを当て、新しい「切り口」の「本能寺」像を創り出した独創性には感心しました。
金融畑で地道に精進を重ねて来た著者の来歴とも重なる部分があるのかと…。

またまた、面白い作家を喪った気がします。

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by dairoku126 | 2018-04-18 10:59 | | Comments(0)

『ジパング島発見記』山本兼一

e0171821_15090047.jpg大航海時代に日本に来たヨーロッパ人の視線から見た日本。
まさに、ヨーロッパ人によって「発見」された戦国末期の日本を描くというアプローチで描かれた時代小説です。

彼らにとって、日本人というのはインド人は中国人とも違う、奇妙奇天烈な存在だったのでしょう。
イエズス会の神父、ルイス・フロイスが認めた「日本史」はもとより、ザビエルの書簡など丹念に資料を漁って書かれた短編集です。

登場する人物は、歴史の教科書でもお馴染みの7人。
1543年 種子島に鉄砲を伝えたポルトガル人、ゼイモト。
1544年 ポルトガルの冒険商人、ホラ吹きの異名を持つピント。
1549年 イエズス会のフランシスコ・ザビエル。
1552年 大分に慈善施設を作ったイエズス会修道士アルメイダ。
1563年 日本語も習得したイエズス会神父、ルイス・フロイス。
1570年 布教長として赴任したイエズス会のカブラル。
1579年 ローマ法王の巡察使として来日、信長から遣欧使節を託されたヴァリニャーノ。

7篇の短編の前にはルイス・フロイスの簡単なリードが付いていて、これから始まる物語の前振りをしている。なかなかに、新鮮な切り口の時代小説でした。

僕が読んだ範囲では、このアプローチで書かれた小説は、辻邦生『安土往還記』だけですね。
こちらは織田信長の凄烈な生き方を、宣教師を送り届けてきた船乗りを語り部として描いたもので、僕が20代の頃に読んで強烈な印象を受けたものです。
良い機会だから、もう一度読んでみようかな?

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by dairoku126 | 2018-04-16 15:39 | | Comments(0)

『藤枝梅安シリーズ』池波正太郎

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久しぶりに池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」シリーズ全7冊を一気に読んでみた。前に読んだ時より、さらに面白く感じたのは年齢のせい?

つらつらと考えてみると、僕の読書傾向が一変したのはこの「梅安」シリーズから。それまでは、時代小説はおろか娯楽小説と言われるものとは無縁な読書生活でした。
30代の前半は、梅原猛とか哲学関係のものばかり読んでたし。
子供の頃から「和」よりも「洋」への憧れが強くて世界文学全集にあるようなものとか、軽いものでも海外のミステリーとかイギリスの海洋小説が本棚に並ぶ傾向が強かったし…。

それまで、池波正太郎の書いたものは週刊誌に連載していたエッセイばかり。
うちの奥さんは、時代小説の大ファンでかなり読んでいたので本棚には並んでいました。

我が家にあった「梅安料理ごよみ」を手に取り、読んでいくとそこにその料理が出て来る本文からの抜き書きが…。この抜き書きを読んでいるうちに、ついつい本文に手を出したところハードボイルドなタッチに見事に嵌まったという訳です。
さぁ、それからは一気に池波正太郎をはじめとして時代小説を読み漁るようになった。
池波正太郎から藤沢周平へ、そして白石一郎、司馬遼太郎と好みが変化して行きながらも時代小説を読むことはすっかりと定着してしまいました。

最近は、池波正太郎のものをほとんど読むことも少なくなってきたけれど、やはり読んでみると味わい深いものがありますね。



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by dairoku126 | 2018-04-13 09:24 | | Comments(0)

『異邦人(いりびと)』原田マハ

e0171821_09104085.jpg「京都に、夜、到着したのはこれが初めてだった。春の宵の匂いがした。」という書き出しで始まる京都を舞台にした原田マハの美術ミステリー(?)。
(?)が付いているのはミステリーという分野に入るかどうか分からなかったから…。『楽園のキャンバス』と同様に「美」が人を狂わせ、翻弄していく様が描かれていきます。同時に、京都の四季の移ろいにつれて主人公・菜穂が成長して行く姿も…。

銀座の画廊の後継者に嫁いだ主人公・菜穂の存在感が、物語が進むに連れどんどんと膨らんで来る。妊娠中の菜穂は、福島第一原発の影響を逃れるため東京から京都に避難。鬱々とした日を紛らわすために散歩に出た菜穂は、とある画廊で一枚の絵と出会った。

ここまでの菜穂は、どちらかというと恵まれた家庭に育ったわがままなお嬢さん気質が抜けない女性のように読めてしまうのですが、この絵に出会ったところから彼女の中に眠っていた資質に目覚めていきます。

あらすじはこちらにありますが、こんな簡単なシノプシスで顕しきれないほど面白さが詰まっている。画家、美術商、美術館…ひとつの作品が美術館に展示される裏側には、これだけのさまざまな物語があるのかと…。
そして、我々のような余所者には窺い知れない「京都」の底知れぬ奥深さ。
タイトルの『異邦人』にわざわざつけられた(いりびと)とは、京都以外の土地で生まれて、京都にやってきた人を指す言葉。京都に何年住もうが、京都生まれの京都育ちと同じに扱われない(らしい)。しかし、有力な紹介者さえ見つかれば、普段は窺い知れない京都が目の前に開かれる(らしい)。イノダ珈琲店で毎朝集まっていた旦那衆たちが喫煙と禁煙の場所を入れ替えてしまったように…。

もっとも、大学に合格して京都に入って来た「いりびと」には、それなりの「いりびと」ワールドが許容されているらしいけど。
森見登美彦の描く京都の生活というのが、まさにそれですけど…。

終盤に向けて、まさかまさかの展開が楽しかった!


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by dairoku126 | 2018-04-11 09:58 | | Comments(0)

『おれは清麿』山本兼一

e0171821_15480594.jpg幕末期に「四谷正宗」と称えられた天才刀鍛冶・源清麿の名前は、隆慶一郎の『鬼丸斬人剣』ですでに知っていた。
この「鬼丸斬人剣」の中では、酒毒で思うように刀が打てなくなった自分の不甲斐なさに清麿が自害したところから始まりますが、こちらの本は清麿の人生を丹念に調べて描いて行きます。

もとより、源清麿は資料が少なく、「謎」が多い人物なので創作者の思うがままに人物造形を施せる部分は多い。
なので、隆慶一郎の描いた清麿と山本兼一の清麿で共通しているのは「酒好き、女好き」という部分と、一切の妥協を排除して自分の心に顕れた刀を打ち出したこと。

この本では、折れず、撓まず、どこまでも斬れる刀を求めて、身魂を傾けて理想を追い求める”求道者”として清麿を描いて行きます。
兄・山浦真雄に作刀を教わり、真田藩主の紹介で江戸では軍学者・窪田清音の好意を受けて窪田家に鍛冶場を開き、評判となる。窪田清音の紹介で引き合わされた長州の家老・村田清風に従って萩まで赴き、2年間この地で作刀を行った。

従来では窪田清音の好意を裏切って江戸を逃げた清麿が萩に現れたことまでは分かっていたようなのですが、山本兼一が村田清風記念館で発見した文書によれば萩には村田清風に招かれて行ったということが分かりました。

それにしても、刀を作る工程が丹念に書き込まれていると思ったら、山本兼一は小説を書くために、実際に刀鍛冶に弟子入りして作刀に携わっていたことがあるようで『いっしん虎徹』とか『刀剣商ちょうじ屋光三郎シリーズ』に活かされているようですね。
こちらは、まだ読んでいませんが…。


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by dairoku126 | 2018-04-04 16:46 | | Comments(0)

『藤田嗣治 手紙の森へ』林 洋子

e0171821_09271130.jpg藤田嗣治という人が手を動かすことが好きだったということは、以前にこのブログでも書きましたが、同時にとっても筆まめな人でもあったようです。
この新書の表紙からしてパリのカフェで手紙を書こうとしている女性を描いた藤田の作品。

藤田嗣治の手紙の面白さに気づいたのは、目黒区美術館での展覧会。実は、藤田嗣治の手紙をこの美術館がかなりまとまったカタチで所蔵しているようです。いつか本として出版されないかなと思っていたら、ちゃんと本にしてくれました
まぁ、それほど藤田嗣治を研究するには、残された日記や手紙が欠かせませんからね。

人生の節目に、さまざまな人に宛てて書いた手紙が残されています。
イラスト入りの手紙は、もらった人も捨てるにしのびなく、取っておいたのでしょうね。

最初の手紙は、父親に宛てたもの。
軍医総監だった父に、医者では無く画家になりたいとの思いを綴った中学生の時の手紙です。
やはり、面と向かって口では言いにくかったのでしょうか?

親友に宛てた手紙をはじめ、さまざまな手紙が収録され、藤田嗣治の人生の日々が浮き上がって来る。パリに留学して3年が過ぎた時に父親に宛てた手紙は、絶好状。「約束の期間が過ぎたから、援助は一切要らない」という意の自立宣言です。
日本人で初めてパリで絵を売って生活できる画家として認められた自負もあったのでしょう。

この手紙が、藤田嗣治の人生を雄弁に物語っている。
面白く読めました。

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by dairoku126 | 2018-03-28 10:03 | | Comments(0)

『脱出』吉村昭

e0171821_17391134.jpg少し前に読み終わった本ですが、印象深い本だったので…。

昭和20年の夏、敗戦が色濃くなってきた日本の辺境ともいえる地で日々を過ごす人々が文字通り「生」に向かっての脱出行。
突然のソ連参戦で宗谷海峡を封鎖された南樺太からの漁村から北海道へ向けての表題作に始まり、沖縄からの学童疎開船・対馬丸に乗っていた中学生の変転を描く「他人の城」、東大寺の仏像の疎開作業に関わった僧侶と囚人の「焰髪」、米軍の上陸作戦にサイパン島内を逃げ回る家族の話など5編の短編で構成されています。

吉村昭ならではの、周到な取材と資料に基づいた短編が並びますが、死というものが日常に溢れていると人間というのは麻痺してしまうというか、そんな日常に馴らされて行ってしまうのかと思うほど…。

実際、読んでいると一般庶民にとって南樺太や沖縄、サイパン島などでは戦争が身近に迫る直前までのどかな生活が送られていたようです。
本土のように空襲があったり、食料の配給が制限されたりしていなかった。
それが、わずか数日で悲惨な現実に一変する。しかも、情報がほとんど入ってこない。
営々と築いてきた生活を突然に破壊され、すべて放擲して生命を繋ぐ方策を必死に探る。
その変転を描いた作品とも言えるでしょう。
対馬丸が魚雷で攻撃され、沈められた後の漂流はまさに地獄絵図。

戦争の悲惨さとそこに現出する人間模様が凄まじいのひと言です。
こんな本こそ、国語で課題図書として若者に読んでもらいたい。

為政者の恣意的な「道徳」なんかを授業に組み込んだりしないでさ…。

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by dairoku126 | 2018-03-24 18:11 | | Comments(0)

『とびきり屋見立て帖』シリーズ 山本兼一

e0171821_13361792.jpg山本兼一が死の直前まで書いていた4巻のシリーズです。
始まりとなる『千両花嫁』、『ええもんひとつ』、『赤絵そうめん』、『利休の茶杓』と続けて読んで来ると、著者が黄泉国へ行かなければ、どのような展開になっていたのか?凄く気になる。

シリーズの大筋としては、こちらを見ていただければ分かると思いますが、京で屈指の茶道具屋の愛娘・ゆずと奉公人の真之介が駆け落ち同然に三条木屋町に開いた道具屋「とびきり屋」を舞台に幕末の京都の騒然とした中で繰り広げられる数々のエピソード。
”見立て”と”度胸”で日々を乗り越えていく夫婦の、微笑ましくも奮闘する様子が描かれていきます。

藤沢周平の『用心棒日月抄』で裏のストーリーとして「赤穂浪士」が展開していたように、この物語でも徳川14代将軍・家茂の上洛に伴い京に雪崩れ込んだ浪士組(後の新選組)や坂本龍馬、勝海舟、桂小五郎、高杉晋作などが「とびきり屋」に顔を出します。
坂本龍馬は、この夫婦が気に入り下宿までしてしまう。

そして、店開きの時にチカラになってくれたのが同業の道具屋・枡屋喜右エ門。
この名前にピンと来てしまいました。
物語の展開に伴い古高俊太郎だということが明かされるのですが…。

もしかしたら、最後の短編「利休の茶杓」で終わるのが良かったかもしれませんね。
この時点では、まだ新選組の内紛も起きていないし、三条通の並びにある池田屋に新選組が切り込んでも居ないし、枡屋も捕縛され拷問される事件も起きてない。
このような事件が起きていたら、この心優しい夫婦がどれだけ胸を痛めたことか。

それにしても、茶道具やその他もろもろの道具のことを著者はどれだけ勉強したのか?と思いつつ読んでいたら、学生時代に古道具の競り市でアルバイトをしていたとか。
まぁ、そんなバイトが出来るのも京都ならではのことでしょうけど…。

司馬遼太郎が「好いても惚れない」と喝破した京都人のしたたかさや、物語の舞台となっている京都の空気感がチラホラと垣間見えて、シリーズの面白さを引き立てているのかも…。
まさに「権力の貸座敷」としての京都が描かれています。

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by dairoku126 | 2018-03-20 14:16 | | Comments(0)

『レオン氏郷』安部龍太郎

e0171821_14020795.jpgこれも、葉室麟が文庫版への解説を書いているもの。
先日に読んだ『河のほとりで』に載っていた解説を読んで、読みたくなった本の一冊です。

レオン氏郷とは、信長に才を見込まれ娘・冬姫の婿となった蒲生氏郷のこと。レオンとは、彼の洗礼名です。
利休七哲の中でも筆頭格の茶人であり、細川忠興、高山右近とは特に親しかった。
この時代の武将には、珍しく側室を置かなかった。

この小説で面白かったのは、戦国時代末期を描いた小説にもかかわらず「グローバリズム」という視点から信長を捉えていることです。

時代的には、ローマ法王庁がトルデシャリス条約で世界を二分したほどスペイン、ポルトガルの大航海時代にあたり日本には尖兵ともいえるイエズス会の宣教師が渡って来ていた。
信長がこうしたグローバリズムに対抗するために、強引とも思える手段に訴えてでもまずは国内統一を図っていたという視点から戦国末期を語る時代小説というのは初めてでしょう。
そして、冬姫を氏郷に与えたのは凡庸な息子達よりも真の後継者と見込んだから、氏郷もグローバリズムの意味を理解して働きます。

その分、本能寺の変以降は天下人を望む秀吉にすり寄られ、やがて秀吉が地歩を固めるに従って遠ざけられ、しまいには伊達政宗に毒を盛られる。
グローバリズムの理解もなしに自分の権力欲だけで日本を動かし、無謀な朝鮮出兵に突き進む晩年の秀吉の姿は「醜悪」というしかありません。

これを読んでいると、田中角栄と宮沢喜一なんて対照的な政治家が思い浮かびました。
残念なことに現在の政治状況に氏郷のような清廉潔白さを感じる人が見当たらない。

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by dairoku126 | 2018-03-14 14:38 | | Comments(0)

『利休にたずねよ』山本兼一

e0171821_16575662.jpg初めて山本兼一の本を読みました。
葉室麟がベタ褒めしていたのと、先日Book-Offに行ったらまっさらな単行本が200円で売られていたので、思わず手にとって書き出しを読み始めたら瞬時に引き込まれてしまいました。
本との出会いってホントにいろいろあるなぁ。

選評を読むと、◎をつけたのが宮部みゆき、林真理子、井上ひさし、○が阿刀田高、五木寛之、平岩弓枝、浅田次郎。
それ以外の選者は異議なしという感じですね。

利休切腹の日から、章ごとに時間を遡っていくという構成で、切腹の時に床に飾った女ものの緑釉の香合が物語の鍵になっていきます。
この時間を遡るという仕掛けが、章を重ねるごとに秀吉の対立を含め「茶人・利休」の生涯を解き明かして行く愉しみを与えてくれます。
一番遡るのが19歳で錚々たる堺の茶人を差し置いて武野紹鴎の茶室に招かれる切っ掛けになったある事件。緑釉の香合の謎も解き明かされます。

そして、最終章で再び切腹の日に立ち返り、妻・宗恩が利休の亡骸に白の帷子を着せながら取った行動とは…。ある意味、予定調和の終わり方ですが得心の行くエンディング。
読者としても、利休の生涯が完結したような心持ちにさせてくれます。
この人の作品を、さらに読みたくなりました。57歳で逝去したのが、惜しい人ですよね。

あらすじは、こちらでご覧ください。






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by dairoku126 | 2018-03-13 17:35 | | Comments(0)