最近、新書を読むことが多くなった。
文庫ブームも去り、出版界は新書に生き残りを託しているとか…。
確かに、新書というのはアップデートな情報をカタチにしやすいメディアではありますが。
これは、磯田先生が東日本大震災を目の当たりにして、個人的に蓄えてきた古文書に記された天災の知見を綴った本。
内容は、
こちらを見ていただければ分かると思いますが、豊臣政権を揺るがした二度の大地震、1707年の宝永大地震が招いた富士山大噴火、そして森繁久弥が遭遇した大津波など資料に残された天災を読み解いて行くと「もうひとつの日本史」が顕れてくる。
特に、秀吉が遭遇した二度の大地震のうち、最初の天正大地震が無ければ徳川家康は滅びていたかもしれない。
小牧長久手の闘いの後、徳川攻めの準備が整ったところで起きた大地震は攻撃の最前線の準備を無にしてしまった。一方、三河の徳川は地震の影響が無く、ほとんど無傷のまま。
ここから、秀吉は母を人質に徳川を懐柔する政策に転換するんですね。
まさに、日本史のターニングポイントで大地震が起きている。
それにしても、昔から日本人というのは筆まめなんですね。
「大災害」のことは、当事者で無くても書き残してある。富士山大噴火や高地の津波などのことも、まったく別の地域に伝聞情報などを日記や日誌というカタチで残されている。
最近では地震学者と歴史学者のネットワークが出来て来ているとか。
東日本大震災の時にも神社や昔の街道などは津波の被害をそれほど受けてないのは、過去の知識を活かして移転したり、標高の高いところを通るようにしていたりと「災害」の知見が活かされて来たからでしょう。
大雨での山津波に関しても、旧い地名を見れば危ないところかどうかは分かると言います。
この本に書かれていますが、磯田先生の母上は幼児の時に徳島で津波からギリギリのところで生き延びた経験がおありとか。子供の頃から、そのことを聴かされて育った磯田先生が災害のことを記した古文書に興味を持ったのも必然の成り行きだったかもしれません。
災害から「生き延びる」智恵が、記された本です。