『江戸開城』海音寺潮五郎

e0171821_10450091.png磯田道史の「歴史の読み解き方」を読んでいたら、「司馬文学を解剖する」という項目で史伝文学の重要性を説いていました。
そして「関ヶ原」では、「あの資料をこう使ったか!」とまで分かるんですね、資料を読み込んでいる学者には…。

歴史小説といっても、歴史上実在した人物を主人公にした歴史小説と、時代を設定してその時代の中で空想的な物語を展開する時代小説とに分かれ、さらには歴史小説の中でも複数の資料を丹念に読み込んで人物像に迫るような学術論文に近いものを読みやすくしたものを史伝文学と呼ぶらしい。その意味で司馬遼太郎以降は、史伝文学の書き手というのが少なくなっているのを嘆いています。

史伝文学の大家・海音寺潮五郎がデビューしたての司馬遼太郎との対談でも、司馬のことを資料をよく読んでいると褒めています。

この「江戸開城」でも、江戸に迫る東征軍参謀・西郷隆盛が京都に居る大久保利通に書き送った徳川慶喜の処分案などを綴った書簡から幕を開けます。かなり厳しい内容のものですが、その後の歴史の展開は江戸城の「無血開城」へと進んで行く。

新潮社の紹介には「新政府樹立のために「血の犠牲」を要求しながら、実際は寛大な処分を考えていた西郷隆盛。動揺する徳川慶喜と幕閣の向背に抗し、和平の道を探る勝海舟。両巨頭の会談は、その後の日本を決定づける。千両役者どうしの息詰まる応酬を中心に、幕末動乱の頂点で実現した奇跡の江戸無血開城とその舞台裏を描く傑作長編。」とありますが、まさに西郷隆盛と勝海舟がそれぞれの陣営からの疑心暗鬼に耐えながら会談をまとめていく苦労が描かれています。
そして、一見関係が無さそうな神戸事件なども取り上げて、新政府が国を運営することに不慣れな素人集団の寄せ集めであったことまで明らかにしていく。

西郷が英国公使・パークスのところに戦闘のあった時の病院使用を頼みに行き、パークスから「降伏した相手に武力を用いるのは言語道断!」との国際的な常識を説かれ、愕然とすることなども面白いですね。

そして彰義隊の掃討を持って、江戸開城の仕上げとしている点も新しい解釈です。
あの闘いがなければ徳川家の領地は100万石以上になるはずだったのが、気分を損ねた新政府が70万石に削ってしまったことなど初めて知りました。
素晴らしいドキュメンタリーを読んだ思いがします。


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by dairoku126 | 2018-05-30 11:52 | | Comments(0)


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