錦織圭選手が全米のベスト8に進んだ時に清水善造さんの名前が出てきたので、久しぶりに上前淳一郎の「やわらかなボール」を読みたくなり、本棚を探していたら「さらば麗しきウィンブルドン」と並んでいたので2冊取り出して読み始めました。 「やわらかなボール」は日本のテニスの黎明期に活躍した清水善造を主人公に熊谷一弥、柏尾誠一郎の活躍をトレースした1982年の書き下ろし作品ですが、いま読み返してみても実に味わい深いドキュメンタリーです。残念ながら絶版になっているようで後に文庫化されたものにもAmazonで3000円の値が付いていました。 それにしても、この時代の人達の鍛え方といったら、まさに驚異的! 高等小学校の学費を捻出するために、親に与えられた牛の世話をするのに毎日餌になる草をカゴいっぱいになるまで草刈り鎌で刈り続けるうちに手首が鍛えられ、中学になると群馬県箕輪村から県立高碕中学まで通うのに、交通機関はなく往復20kmの道のりを草鞋ばきで英単語帳を片手に通っていたとか。 これが、後の足腰の強さやタフな試合ぶりに活かされて行くのですね。 この高碕中学時代にテニス(軟式)と出会います。 テニス部に入るわけではなく、遊びとしてやっていたようですが、後に誰もが驚く草刈り鎌を振るうような独特のフォームが出来上がって行きます。 村の篤志家の好意で学費を出してもらい、東京高等商業学校(一橋大学の前身)に入学した善造少年はテニスに出会います。当時の高商は東京高等師範(筑波大学の前身)と並んでテニスの2大勢力、これに早稲田、慶應が続いて4大勢力となっていくのですが、都会ですでにテニスをやっていた新入部員に混じって、すぐに頭角を現してきます。 この高商時代に講演で訪れた渋沢栄一から「士魂商才」という言葉を聞き、感銘を受けたのでしょう。テニスでも大事なのは4コンだという風に、テニスの心得を語っています。 すなわち、Control、Combination、Concentration、Confidenceという4つのConで始まる言葉こそが清水善造のテニスを支えるものだと! 高商を卒業した善造は、三井物産に入社。 イギリス領だったインドのカルカッタ支店に配属され、そこで硬式テニスと出会います。 官舎にはローンのテニスコート付き、そこでボールを投げてもらうインド人の少年を雇い、仕事が終わると毎日ボールを打ち込んだようです。硬式テニスに転向して、現地に居たイギリス人ともプレイを楽しむようになり、ベンガル選手権に出場。全英ランク3位にもランクされた前年優勝者と1回戦を闘う組み合わせだったのが、その相手が試合前日に指を怪我して棄権。それからトントン拍子に勝ち進み、ついには優勝してしまうのです。 ウィンブルドンで死闘を繰り広げた二人ですが、写真から見る限り清水は通常の選手とまったく違うラケットの使い方をしていたような…。 バックハンドの握りでフォアを打つという不思議なやり方は誰にも真似が出来なかったとか。 それこそ、日本というテニスの中心地から遠く離れた場所で、コーチも指導書もない時代というのは、自分で工夫して身につけていくしかなかったのでしょう。 日本庭球協会も、まだ発足していない時代です。 ウィンブルドンに出場するにしても、主催者にむけて自分のインドでの戦績を書いた手紙を出して初めて出場が認められたという時代です。後に三菱銀行ニューヨーク支店に配属され、アメリカで頭角を現していく熊谷一弥にしても、彼のテニスの才能を応援する若手財界人が三菱の総帥・岩崎小彌太にねじ込んだ人事だというのですから…。 まさに古き佳き時代のテニス・ストーリーが満載のドキュメンタリー。 絶版のままにしておくのは、勿体ない。 ひょっとして、錦織圭の活躍のおかげで再版になるかもしれませんね。
by dairoku126
| 2014-09-08 13:51
| 本
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Comments(2)
イカロスの翼、支店長はなぜ死んだか、元朝日の記者。ノンフィクションはずいぶん読みました。
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Commented
by
dairoku126 at 2014-09-12 10:53
昔さま
僕もノンフィクションは、ひところ良く読みました。 子供の頃のヘディンの「中央アジア探検記」とか、川口慧海の大谷探検隊の話など、その頃の読書体験って世界に対する目の向け方や好奇心などを培ってくれたように思います。
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