人気ブログランキング | 話題のタグを見る

『母の遺産 新聞小説』

『母の遺産 新聞小説』_e0171821_1535473.jpg前に読んだ『本格小説』の余韻が圧倒的なものだったので、そのまま手に取ってしまった『母の遺産 新聞小説』。
作者の最新作でしたが、これまた圧倒されてしまいました。
この人の文章というのは、実に良く練られているのでしょうね。どんどんと読み進んでしまいます。
何かの用があって、途中で本を置くことになると心穏やかではなくなるような…。

内容としては、母親の老いと死を看取る娘のエピソードが語られて行くのですが、そこにダンナの浮気が発覚。ただでさえ難事業といえる介護問題に家庭問題まで絡んでくる。
加えてこの小説では、母と娘の間の葛藤も痛快なまでにリアルだ。娘を振り回す母親の、老いとわがままがすさまじい。

本の帯に「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」とありますが、そんな気にさせるほど母親のわがままが「立派!」と思えるほど凄いのです。
そして、そのわがままを恨みながらも、どこかで母親らしいと認めている主人公の気持ちがあるから陰惨な小説にならないのでしょうね。最後には、ちゃんと救ってくれていますし…。
中年女性の「シンデレラ・ストーリー」として良い結末になっています。

そして副題に「新聞小説」とうたうことで、知的な仕掛けも施しています。
この小説は実際に読売新聞で連載されたものですが、同じ新聞に100年以上前に連載された新聞小説の草分けの一つ「金色夜叉」を舞台装置に取り込んでいるのです。

作中の母の母、つまり美津紀の祖母は、芸者から資産家の後妻になり、何不自由ない暮らしをしていたのに、新聞小説に引き込まれて「お宮は自分だ」と思い込み、40代半ばで24歳も若い男と出奔、娘をもうける。こうして生まれた娘(主人公の母)は、父方の文化的で優雅な生活に憧れ、芸者上がりの母を嫌悪する。姉の教育に熱心な母親に放っておかれた主人公は、祖母と一緒に過ごす時間が増え、祖母に馴染んでいく。

こうした有形無形の「母の遺産」が伏線となって、物語をさらに膨らませてくれるのです。
この祖母―母―娘の三代の物語は、日本の近代史の一筋の糸である現実と、並行した形で虚構になって「ものがたり」を構築していくという仕掛けになっています。


さらに、実際に新聞連載が終章を迎える時に、2011年3月11日の大震災が起きるのですが、その大震災そのものも「ものがたり」に取り込んで、新しい人生を生きようとする主人公が引っ越しをした翌日に大震災を経験することになります。そして連載が終了する4月2日で満開の桜を背景に物語が終わる。これも新聞小説という形態ならではの、同時性を活かしたものではないでしょうか。
by dairoku126 | 2013-01-31 16:23 | | Comments(0)


<< 早くも、2月。 サントリーvs東芝 >>