石川直樹君

石川直樹君と初めて会ったのは、まだ彼が早稲田大学の文化人類学の学生の頃だった。ちょうど、Pole to Poleという北極から南極までの地球を南北方向に半周する踏破を終え、南極大陸の最高峰を昇った直後だったと思う。また、サタワル島でスターナビゲーション(星による航海術)を習得中でもあった。エベレストに登頂直後に、衛星電話を通してメールを貰ったのもその頃のことだ。その後、東京芸術大学の大学院に進み、現在は多摩美術大学芸術人類学研究所研究員で研究員を務めるかたわら写真家として幾つかの写真集を出している。
昨日、国立新美術館で「アーティスト・ファイル2009-現代の作家たち-」に出展している彼のアーティスト・トークがあったので、出かけてきました。展示を見ると、彼の写真というのはフォトグラファーやカメラマンといわれる人たちの作品とは違うテイストの作品が並んでいた。彼のトークによると「言葉で表現できるものは文章にすれば良いし、言葉にならないものは写真にする」という。彼の写真が他の写真家と違うのは、「静かさ」というか「引きつけるけど、押しつけない」とでもいえる不思議な感覚に包まれることなのだろう。写真が芸術として認知されるようになってから、名作といわれる作品が認められてきたのは、その写真に込められた「主張」性が評価されてきたことだろう。ところが彼の作品は、彼の存在が「空気」のようになっていて、被写体と写真を見ている僕たちが直に接していると錯覚させるような距離感なのだ。その被写体たるや極北の町であったり、ニュージーランドの原生林であったり、あるいは炎暑の砂漠の中、あるときは都会であったりと、およそ人間が住んでいるところで彼が興味を感じたものばかり。彼はそこに住む人たちと同じものを食べ、同じように生活し、同じような空気を感じながら自然にシャッターを押しているのだろう。その地の文化に対する尊敬や、素直に受け入れる態度は文化人類学を学んできたことと無縁ではないだろう。探検家というイメージから連想される屈強な体格というより、むしろ草食系というか華奢にさえ見える体のどこに「静かな」エネルギーが秘められているのだろうか。
1977年生まれだから、僕の子供たちとも変わらないのだが、尊敬の念が会うたびに膨らんで行く。彼のような若者がいるだけで日本はまだまだ大丈夫だという気がしてくる。
※「アーティスト・ファイル2009-現代の作家たち-」5月6日まで。国立新美術館
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# by dairoku126 | 2009-04-11 16:19 | 文化 | Comments(1)

Happy Birthday!

今日は我が家の老犬ウェンディの誕生日です。14歳になりました。
ウェンディは、40日目くらいで家に来て、14年間家族として過ごしてきました。ラブラドールとゴールデンのMIXですが、見た目はラブラドールといっても通用します。とにかく、本に書いてあるラブラドールの性格そのものを具現化したら、ウェンディになるんじゃないかと思うほど、やんちゃで、陽気で、元気で、人間が大好きで、しかも食いしん坊だったのですが、ここ2~3年で少し老け込んできた。まぁ、14歳だからしょうがないか。(食いしん坊は、変わらないが…)
…ということで大好きな焼き芋でお祝いをしたわけですが、その後がちょうど獣医さんでの定期検診と重なり、また狂犬病の予防注射まで打たれてしまい、家に帰ってから、ちょっとフテ腐れた表情の一日でした。いつまでも元気で!
この犬のことは、これからもちょいちょい登場することと思います。まずは紹介がてら…。
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# by dairoku126 | 2009-04-10 12:24 | 家族 | Comments(0)

花模様

今朝も老犬を連れて散歩に出たら、早くも花筏が川面を彩っていた。上流で散り始めた桜の花が川の流れに揺られうちに、いつしか連れ添うように花筏を作っていく。この時期に波乗りをしていると、海に流れ出た花筏が波待ちの間に自分の周りを囲んでいたり、乗っている波がピンク色に変わっていたりと春ならではの体験ができることがある。そんなことを期待半分に、今日は陽気に誘われるように、波のサイズもヒザしかないことは分かっていたけど、ボードを持って海に向かった。サーフビレッジ前のゲートを右に曲がって坂道を上がっていくと、正面にはボンヤリ霞んだ富士山(この富士山を見るためについつい右に曲がってしまう)、そして登り切って海を見下ろすと、潮が大きく引いていて水位が下がった河口の砂に桜の花が模様を作っていた。さすがに大潮だけあって、何段階にも潮が引いていく様子が砂に残ってキレイな桜色の帯が…。ああ、こんな景色を今までは会社に行って見逃していたんだな!というのが最初の実感。60年も鵠沼で暮らしてきて、初めて見ました。
肝心の波乗りの方は、水はまだまだ冷たかったけど、天気は良いし、まぁ小さいながら楽しめました。
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# by dairoku126 | 2009-04-09 22:06 | 季節 | Comments(0)

海からの桜

今日は、カヌーで海からの花見を楽しみました。江の島の崖には、誰が植えたのか、それとも鳥が運んできたのか、桜の木がポツンと花をつけてあります。この季節だけに存在感を示すのですが、島の陸側から見ることはできません。2005年にスタートした湘南アウトリガーカヌークラブは、江の島の西浦というところにOC-6(6人乗りアウトリガーカヌー)が4艇、OC-2,OC4を擁するクラブですが、主婦の方やゆったりと漕ぎたいという方のためにエレガンス・クラスというのがあります。初めて月曜日のエレガンスに参加したのですが、時まさにお花見シーズン、しかも満開ということで海からの花見としゃれ込みました。江の島をゆったりと回り、七里ヶ浜の方にクルーズしてから、江の島の橋をくぐって片瀬川を遡り、白百合学園幼稚園の岸辺に咲く満開の桜を眺めてから、再び江の島に帰ってきました。ほとんど無風、ポカポカ陽気でウェットスーツを脱ぎたくなるほどの快適な午前のひとときでした。
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# by dairoku126 | 2009-04-06 20:08 | 季節 | Comments(6)

僕の鵠沼「原風景」

僕が懐かしい、その風景に出会ったのは30年近く前のオアフ島でのことだった。H2ハイウェイを終点で下りて、ノースショアの波が見えるパイナップル畑を抜け、大きな星条旗の横を通ってハレイワの町へと向かって走っていた時だった。小さな川を通り過ぎると、両側に畑や水田が広がり、やがてハレイワの素朴な町へと入っていった。その風景こそ、僕が子供の頃に見ていた鵠沼の風景そのものだった。僕は60年前に鵠沼で生まれ、育ち、そして今も住んでいる。僕が生まれた1949年は、若い人には信じられないだろうが、日本はまだ「オキュパイド・ジャパン」の状態で連合軍の占領下にあった。その頃の鵠沼は別荘地の名残が色濃く残っていて、松林に囲まれた大きな別荘や大きな敷地の住宅が並んでいて、その住宅地が切れると水田や畑が広がっていた。1964年の東京オリンピックのヨット会場が江の島に造られることになった頃から、その風景が大きく変わり始めた。現在の藤沢警察署から松波に抜ける道路もその時にできたもので、それ以前はあぜ道だった。鵠沼パークハウスがある場所から引地側にかけては水田で、お稲荷さん(鵠沼伏見稲荷神社)がポツンとあるばかりだった。砂浜は広く、地引き網も漁師さんが人力で引っ張り上げていた。もちろん、漁船は和船で、櫓で漕いでいた。子供の頃は砂浜に行っては、砂浜に置いてあった船によじ登っては遊んでいたものだ。国道134号線を辻堂での演習を終えた米軍の戦車が走っていたり、上陸訓練の時には上陸用舟艇が海に浮かび、パラシュートの花が空に咲くのを小学校の窓から見ていたこともあった…なんて話をすると、嘘のようでしょ。だけど、それが昔の鵠沼の風景なのですよ。
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# by dairoku126 | 2009-04-05 11:04 | 鵠沼 | Comments(0)