晴れ!

昨日、今日と予報が外れてバカッ晴れ。昨日のカヌーは、ホントにキモチが良かった。
実は日曜日の練習にもエントリーしていたのですが、家を出ようかな?と思う頃に雨が一段と激しくなったのでサボってしまいました。
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久しぶりにトランクスだけでカヌーを漕ぎましたが、肌がジリジリするような日差し。
七里の沖で休みの時に海に飛び込みましたが、水温は8月とは思えぬ冷たさ。
7月はホントに太陽が照らなかったもんな。
カヌーに上がって、漕ぎ出すと冷えた身体が火照って、かえって暑さが増してきました。
今日も、未明からの雨の予報だったので、テラスのタープに雨が溜まらないように支柱から片側だけを外しておいたのだけど、朝起きてみて「アリャ!」というほど晴れていました。
今日は、江ノ島の花火大会。関係者はホッとしていることでしょう。

台風が発生しましたが、コースから見て、あまり期待は出来なさそう。早ければ明日くらいに「うねり」が届いて、それから遠くなるのでサイズは期待できないでしょう。
でも、西寄りの「うねり」になるのでカタチは良いかもしれない?
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# by dairoku126 | 2009-08-04 12:35 | 季節 | Comments(2)

『無人島に生きる16人』

e0171821_10562050.jpg西村Kazuさんのブログを読んでいたら、コメント欄に「無人島に生きる16人」という本のことが書いてあって、しかも明治時代に起きた日本人の漂流記だというので無性に読みたくなって、Amazonで探したら新潮社から文庫で出ていました。
著者の須川邦彦氏は明治13年生まれ、東京商船学校校長を務め、僕が生まれた1949年に死去という経歴の持ち主です。日露戦争にも従軍し、第一次大戦でも船長として敵艦の出没する海域に敢然と乗り出し、日本会員魂を発揮したと、著者略歴にあります。いわば筋金入りの明治のSeamanですね。
物語は、須川氏が商船学校の実習生として練習帆船に乗り組んでいた時に、その船の中川倉吉船長から聞いた漂流体験談を書き記したものというカタチになっています。
中川船長は明治8年に千島樺太交換条約で日本領となった北千島の占守島(しゅむしゅとう)をベースに千島開拓を手がけていた団体の所有する2本マストのスクーナー型帆船・龍睡丸の船長として、千島が氷で閉ざされる冬の時期を利用して南鳥島の周辺海域の漁業調査を含む調査航海のために明治31年12月28日に東京を出港します。明けて翌年1月17日頃に南鳥島辺りで大西風に吹き流され、ハワイ諸島近辺まで行きます。
それでホノルルで修理を施し、ハワイ諸島伝いに日本に帰ろうとホノルルを出向して、ハワイ諸島の北端ミッドウェー島を目指す航海の途中に再び遭難し、船を失いながらも16人の乗組員全員が無事に近くの島にたどり着き、漂流生活を規律正しく行っていく…という話です。
読んでいて感動するのは、彼らの「海の男」としての誇り高さと知恵の深さ、また知識の豊かさ及び確かさです。さらに、人間としての思いやりや優しさはもちろん、強さや奥行きの深さがたまらなく良いのです。
「上司にしたい○○」みたいなアンケートがあったら、僕は間違いなく「中川倉吉」と書いてしまうでしょう。
最終的には、全員病気一つせずに日本に帰還というハッピーエンドです。この物語は、最初は講談社から昭和23年に発表され、平成15年に新潮社から文庫で発売になっています。
僕が買ったのは17刷ですから、それなりに売れているのでしょう。良いことですね。
小学校高学年なら読める内容の本ですので、僕としては子供の頃に読みたかった。
「ロビンソン漂流記」や「十五少年漂流記」など夢中になって読みましたが、この本の方が遙かに面白いし、タメになる。
子供に読ませる推薦図書の筆頭の方に上がっていても不思議ではないと思うのですが…。
お近くに子供さんがいらっしゃる方は、夏休み中にぜひ読ませてあげてください。
夢中で読めば、一日かからないですから。
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# by dairoku126 | 2009-08-01 11:47 | | Comments(2)

広告は、『夢』を語れなくなった。

昨夕、急逝した眞木準君を偲ぶ会がありました。
広告界の錚々たる重鎮が発起人となり開かれたのですが、さすがに博報堂関係者が多く、現役世代のコピーディレクターやCD達も多数参列していました。
献花台に持参した花を一輪置いて冥福を祈った後に、展示されていた彼の初期からの作品を順に見ていくと、1975年にTCC(東京コピーラーターズクラブ)で賞を獲得したライオン・ファイル「十歳にして愛を知った」から全日空、伊勢丹、サントリー、ホンダ、バーバリーetc.広告史上燦然と輝く作品が勢揃いしていて圧巻でした。

いや、懐かしかったですね。

彼と長年アートディレクターとしてコンビを組んできたY本君と話をしたのですが、「眞木さんのコピーは、置いてみないと良さが分からない。原稿用紙でもらった段階では、『え?これでいいのかなぁ』と思うんですよね。それが大きな活字で、アートの中に入れると輝き出すんですよ。大きな活字でドーンでなきゃ、ダメなんですよ」と語ってくれました。
確かに、ドーンと入っているものばかりです。その言葉がアートと一体になって、平面の裏にある世界に誘ったり、想像力を刺激してくれたり…。
広告が『夢』を語れる時代だったと言ってしまえば、それまでですが、あまりにも現在の広告の卑小さをあざ笑っているようなものばかりが並べられていたように思えます。
これは、彼のメッセージなんだと。

確かに、時代が変わったのかもしれません。また、企業環境そのものが、僕らが広告を制作させてもらった時代と比べて格段に厳しくなっているのも、事実としてあるでしょう。
でも、これだけは言えます。
広告や宣伝の仕事が、得意先の中で花形の仕事ではなくなってしまった。
だから、誰からも文句が出ない中庸な案や、失敗したときの言い訳が出来るような企画ばかりが大手を振って得意先内を闊歩する状態になってしまったのです。結果は、…。
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# by dairoku126 | 2009-07-31 17:31 | 文化 | Comments(2)

サンダル

e0171821_1231057.jpg息子が、サンダルをプレゼントしてくれました。
というか、息子が履いていたのを興味深げに見ていたら、息子としては「物欲しそうに」見えたらしいんですね。実際に、欲しかったんですが…。
で、買ってきて、プレゼントしてくれた、という次第です。
前に車を運転中にFMカマクラを聞いていたら、「ゴムゾーリの唄」(?)という曲がかかっていて、誰が歌っているかとか詳しいことは何も分からずじまいのままですが、内容としては「どこに行くのもゴムゾーリ、夏でも冬でもゴムゾーリ」みたいな曲でした。
それを聞いた途端に息子のことを思い出したくらい、我が家の息子は大学時代ゴムゾーリで過ごしていました。それも、京都で…。

さすがに、ちゃんとした店でゴハンを食べるときには靴を履いてきましたが。
今でも、ゴムゾーリ・フリークとして様々なゴムゾーリを履いてるようです。
たまに我が家に帰ってくるたびに、違うゴムゾーリを履いてきたりしますから…。

で、このサンダルですが、ご覧のように表側がボツボツなので、足つぼマッサージのように履いているだけで足裏を刺激して、結構キモチ良いのです。
なので、長時間履けるようにスリッパ代わりに家で履いています。体調は、極めて快調です。
調べてみたら、オーストラリアの「Soulsthongs」というブランドのもので、古タイヤを発砲させて作ったリサイクル品。heaven for your feetというのが商品コンセプトのようです。
thongは締め具やサンダルに用いる「革ひも」のこと。thongsと複数になるとゴム草履になるらしい。thong bikiniは、ひもビキニと辞書にありました。

ちなみにゴムゾーリというか、ビーサンというかは、どのジェネレーションに属するかによって違うようですね。僕らの世代は、ゴムゾーリが世に出たときから知っているので、最初のネーミング「ゴム草履」が擦り込まれているようです。
いつから、それがビーサンになったのかは定かではありませんが、一回り下の世代以下では、すでにビーサンがメジャーなようですね。
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# by dairoku126 | 2009-07-30 12:57 | 生活雑感 | Comments(2)

ポニーの家

e0171821_2130426.jpg前に紹介したポニーのことですが、その後散歩していたら、海の家に「ポニーの家」というのがありました。
ちいさな馬小屋があって、2頭のポニーが居るようです。
名前も「ブラッキーとホワイティー」、うーん分かりやすい。
子供を乗せて砂浜でも散歩するのかと思ったら、ただ居るだけのようです。
なーーんだ、つまらないの。
そんなんで商売になるのかな?

今日はなぜかブラッキー1頭だけが、草を食んでました。交代制?
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それにしても、天気が安定しないなぁ。
明け方はバケツをひっくり返したような土砂降りで、思わず目が覚めました。
午前中も、自転車で藤沢まで行った帰りに、降られました。だから風邪が抜けないのかな?
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# by dairoku126 | 2009-07-28 21:43 | | Comments(0)