夏の味覚

e0171821_10181480.jpg夏も近づいてきたので、昨日は冷や汁を作りました。
我が家の冷や汁は、福岡に転勤中に妻がTVで見て「美味しそう!」と試しに作ってみたのが、そもそもの始まり。正式に習ったのものでは無いので、これが「正しい」冷や汁かどうかは分かりませんが、まぁ誰もが美味しいと言ってくださるので、それで良しとしています。
渋谷の九州料理屋で「冷や汁」があったので食べてみましたが、遜色はなかった。その時は、元になる魚としてカツオのなまり節を使っていたように思えたので、店の人に訊くと「魚はいろいろ、その時々で変わります」要するに青魚なら、何でも良いということ。まぁ、元々は漁師などの「まかないメシ」のようなもんなのでしょう。
これをご飯にかければ、ご飯がいくらでも食べられるというものですから…。
我が家の作り方は、アジを4尾ほど白焼きにして、身をほぐして、擂り鉢に入れて、スリコギでゴリゴリとやります。すると小骨が出るわ、出るわで丁寧に取り除いて行くのですが、これが結構メンドーというか手間がかかるところかな?
小骨を取り除いたら、九州の麦味噌を入れてアジの身と良く混ぜていきます。
昨日は、麦味噌が足りなくなったので、自家製の味噌を少し足しました。
混ざったものを、ハンバーグくらいの固まりにして、オーブントースターで焼いていきます。こうして、焼き上がったものから食べる分だけを取り分けて、残りは冷凍保存しておくと一回の作業で何回も冷や汁が楽しめるというわけ。
手間をかけた分だけ、後の見返り(楽しみ)がないとね。
食べるときは、この「冷や汁」の素を水で溶いて氷を浮かべ、キュウリやミョウガ、大葉などを刻んだものを入れて、熱いご飯にかけて食べます。

e0171821_10191888.jpg…ということで昨夜は、冷や汁に鵠沼カボチャの煮物と漬け物なんて簡素な食事に相成りました。鵠沼カボチャは、西洋系のホクホクのカボチャと違って、ネットリとした食感が楽しめます。僕が子供の頃は、こちらが主流だったように思うのですが、いつの間にか西洋系のカボチャばかりが売り場に並ぶようになってしまいました。
鵠沼の商店街でも、売っているところは限られます。
冷や汁の味に対して、カボチャの甘さが食欲をさらに加速してくれるのです。まぁ、食欲が落ちてくる夏にピッタリのものです。BBQの最後のシメにしても良し、お酒を飲んだ後にはサイコー!!!ってなものです。
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# by dairoku126 | 2009-06-21 10:25 | 季節 | Comments(0)

包丁研ぎ

私が家事で一番得意なのが、包丁研ぎとアイロンかけ。
包丁が良く切れないと、かえってケガをしやすいし、食べ物の味も落ちます。
うちの奥さんはー自慢ではないですがー料理に関しては手間を惜しまない方なので、私としても少しでも手助けを…と包丁研ぎを始めたのが30年近く前。
(バブルの頃の話ですが)六本木辺りで板さんと仲良くなって、カンバンまで店にいると必ず包丁を研ぎ出すんですよね、ちゃんとした職人は…。
その包丁を研いでいる姿が、実にカッコ良くて、コツを教えてもらったりしながら、包丁研ぎを始めたら、結構ハマったというわけです。それとストレス解消に、凄く良いのね。刃先に神経を集中しますから、雑念が入る余地は無くなるので、短時間で済む割りには気分転換にはもってこいなワケ。現役世代のダンナさんにも、お勧めです。
現在、僕が使っている砥石は粗砥、中砥、それと仕上げ用の3種類です。
粗砥と仕上げは、急逝した義兄(本職の板前さんでした、最後に鎌倉の日本家屋で良い店を始めたんですが急逝)が使っていたプロ用を形見分けで貰ったもの。中砥は、福岡に転勤時代に買ったものです。普通は、中砥だけでも十分行けますし、義兄のものが来るまで、僕はこれ一つでやってました。しかし、プロ用の道具というのは違うもんですね。やっぱり、包丁の研ぎ具合が違うというか、研いだものが長続きするのですよ。
もちろん、料理の味も変わってきます。
*左から粗砥、中砥、仕上げ用です。
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# by dairoku126 | 2009-06-20 09:27 | 生活雑感 | Comments(2)

天気晴朗なれど…

ヒザ・サイズでしたが、天気が良かったので行ってきました。
今朝はウェンディが6時過ぎに起きたらしく、1階で音がするので、夫婦揃って起きてしまいました。やはり、気になっているのですね、二人で顔を見合わせて「起きたらしいね?」…。下に行くと、ウェンディがウロウロとしています。自分が何をしたいかも分からないらしく、あっちに行っては戻り、こっちに来ては前のところに戻るという繰り返し。そのうちに意識も目覚めてきたらしく勝手口の方に行くので、リードをつけて一緒に外に…。
外に行っても、また分からなくなったらしく、結局オシッコもウンチもせずに家に帰って来ました。今朝はゴハンも勢いよく食べようとしているのですが、ノドを通っていかないらしく大部分を残すことに…。水は、結構飲みました。
それでウェンディが落ち着いたので、天気も良いことだし、波が無いことは分かっていましたが、気分転換を兼ねて波乗りに…。風もなく、人も少なく、まぁ気分良く乗れました。
お天気が良いということは、それだけで神に感謝したくなるくらい気持ちいいことです。
帰ってWest氏のブログを見たら、DukeさんがOcean Legendの2ndStageに7月のアタマに挑戦するらしい。これは八丈島から江ノ島まで250kmをOC-1で漕いで渡ろうというもの。
昨年はSUPで大島〜葉山65Kmを7時間ちょいで渡ってしまいました。今回は途中で一泊するようなことになるでしょうが、キツイことには変わりません。彼の、身をもって古代日本人が海洋民族(Ocean Legend)であったことを実証しようというエネルギーには、感心するばかりです。今回は何のお手伝いも出来ませんが、成功を祈っています。

「包丁が切れない」と妻に言われたので、今日は包丁研ぎをする予定です。
*写真は、またカヌー仲間の宮城君のサイト「海が好きドットコム」からお借りしました。
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# by dairoku126 | 2009-06-19 10:51 | 波乗り | Comments(0)

梅干し

e0171821_9574012.jpg梅干しの第一段階が終わりました。白梅酢を取ってから、赤紫蘇を加えて色をつけて行きます。
今年はフックラとした良い梅干しになりそうな予感がします。この頃は、出汁入りとか、蜂蜜いりとかさまざまな食べやすそうな梅干しも売ってますが、僕はやはり昔ながらのすっぱい梅干しが好みです。赤紫蘇を加えて、また寝かせて、土用干しまでのお楽しみ。

そういえば、土用干しにしている梅干しの匂いをウェンディが興味深そうに嗅いでいたことがあったなぁ。慌てて、置き場所を変えました。

*ウェンディは、相変わらず寝てばかりいます。昨日あたりから呼吸をする度に細かく痙攣しているようなのが、気になりますが…。でも、どうしてあげることも出来ないし、起きると平常になります。今朝は、起き抜けから元気に散歩に行ったのですが、オシッコをして、ウンチをしたら疲れてしまったようです。帰ってから、勢いよく食べて、また寝ています。
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# by dairoku126 | 2009-06-18 10:08 | 季節 | Comments(0)

ボブ・ボーグル

夕刊を見ていたら、ボブ・ボーグル死去のニュースが出ていました。
多分、ほとんどの人が知らないだろうけど、ザ・ヴェンチャーズの初代のリードギターです。途中でベースのノーキー・エドワーズの方が上手いということで変わっちゃったけど、最初のヒット”Walk don't run”の時はボブ・ボーグルでした。
もともとザ・ヴェンチャーズはボブ・ボーグルとサイド・ギターのドン・ウィルソンの二人で1959年に始め、翌60年にベースとドラムが加わって現在の4人編成になったとのこと。
ボブはフェンダーのジャズ・マスターというギターを、ドンはフェンダーのストラトキャスターというギターを使っていました。(ホント、憧れたよな)
これまた、途中からモズライトというメーカーのものに全員が変わってしまいましたが…。
ザ・ヴェンチャーズは、確か日本での海外アーティスト最多公演記録を持っていて、その記録は破られていない筈です。だって、日本に来ると地方都市を4ヶ月近く回ってるんだもん。
僕が生のザ・ヴェンチャーズを見たのは65年、新宿・厚生年金ホールで、初めて4人揃って来日公演をした時です。
その時には、リードはノーキーに変わっていたので、「あれ?」って感じでした。
その後、アメリカでも80年代のロングボード復活の頃に、The Beach Boys再結成などと合わせて再びサーフミュージックとして脚光を浴びました
なぜ、詳しいかというと、僕は湘南学園中学3年の時にクラスが一緒だった喜多嶋修君(加山雄三の従弟、女優・喜多嶋舞の父)とThe Vulturesというザ・ヴェンチャーズのコピー・バンドを結成したので、話題といえばギターの話かレコードの話ばかりしてましたから…。
日本でザ・ヴェンチャーズのレコードが売れ出したり、ヒットチャートに入り出したのが1963年頃、翌64年にザ・ビートルズの最初のレコードが日本で発売になりました。
「Surfin' Ventures」のタイトルでパイプラインとかワイプアウトなんて曲が流行ったのが65年で、ここからエレキ・ブームがスタートする訳です。
だから、バンド結成が63年というThe Vulturesという我々のバンドは、それなりに時代の先端を行ってたのね。勿論、フェンダーのギターなんて夢のまた夢。
銀座山野楽器で最初に輸入したフェンダーのストラトキャスターというギターは加山さんが買って(もう、若大将で大人気だった)、僕も後で借りて使わせて貰いました。
そのギターはL.A.の喜多嶋君のスタジオにあり、今でも時折、レコーディングに使うとか…。プレCBS(CBSがフェンダーを買う前)のギターですから、ヴィンテージも良いとこで、喜多嶋君もL.A.のミュージシャンから「売って、売って」攻撃にさらされているとか。
僕らの頃は、今のようにバンド譜なんて便利なものは無く、オープンリールのテープレコーダーにレコードからコピーして「耳コピー」でコードから、メロディからすべて取ってました。分からないときはテープの回転数を半分のスピードにして、必死に聴くしか手がありません。まぁ、コードにしても単純なスリーコードだったりするので、何とかやれたのでしょう。
そのうちデーブ・クラーク5とかのリバプール・サウンドとかザ・シャドウズなどのイギリス系のバンドになると、オーギュメントとかディミニッシュ系のコードとかが入ってきて取るのに往生しましたけど…。

なんか話が、逸れちゃいましたがボブ・ボーグルの死亡記事を読んで、昔のことをいろいろ想い出しました。合掌!
*写真の一番右がボブ・ボーグルです。
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# by dairoku126 | 2009-06-17 17:21 | 音楽 | Comments(0)