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2013年も、いよいよ終わりです。

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2013年も、いよいよ押し詰まり、大晦日になりました。
今年も例年の如く、読書と海と音楽と旅行に明け暮れた感がありますが、微妙にバランスが変わったような気もします。
まぁ、還暦を過ぎると1年ごとに体力が落ちてくるので、仕方がないのでしょうが…。
海に関しては、カヌーで言えばステア(舵取り)を始めたことが大きいかな。
今までのように、無心で漕ぐのとは違い、カヌーの奥深さを思い知らされる経験を何回もしました。すると、漕ぎに回ったときにも、また違うんですね。
こればかりは、言葉で上手く説明しろと言われても伝えることはできません。
カヌーの面白さと、同時に難しさを両方味わった年でした。

読書でいえば、今年のマイブームは水村美苗と有川浩になるのでしょうね。
今年の上半期だけで、この二人の本だけでも16冊も読んだのですから…。

音楽は、Lezardだけで33回。まぁ、プロの演奏を聴きに行ったのも入ってますけど…。
これも遅遅として進歩があるような、無いような。
それでも楽しいんですけどね。

旅行は、春に会津、中山道、秋に四国・西日本・高山と新しい日本との出会いを楽しむことができました。それぞれの土地に特有な「空気」というのは行ってみないと分からない。
その土地ごとに歴史があって、風土が違って、食べ物が変わって、やはり旅は面白い。

充実したといえば、充実した1年を過ごすことが出来ました。
まぁ、体力があるうちに様々な経験をしておかないと…。

みなさま、良いお年をお迎えください。
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by dairoku126 | 2013-12-31 14:55 | 生活雑感 | Comments(0)

合掌!大瀧詠一さん。

大晦日に、またまた悲しい報せ
大瀧詠一さんが、亡くなられたとのこと。
僕がCM制作の駆け出し時代に、三ツ矢サイダーその他でCM音楽の世界に鮮烈な風を吹き込んでくれました。その頃のCM音楽といえば巨匠達が作る、「いかにもCM」という感じの曲ばかりで、なんとなく行き詰まっていたのですが、曇天に空いた穴から青空が見えたように新しい時代を予感させてくれました。
事実、大滝さんのデビューからCM音楽の世界がガラッと変わってしまったのですが…。

合掌!

その頃のCMを集めたモノがYouTubeにありました。
    
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by dairoku126 | 2013-12-31 14:25 | 音楽 | Comments(0)

今年も、あと2日。

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いよいよ、今年も押し詰まってきました。
ホントに、1年がアッという間に過ぎ去って行くというのが、偽らざる心境。
それなりにバタバタはしてましたが、何かをしたような、何もしなかったような…。

暮れの大掃除も、ほぼ終わり。今日は、家人がお節を作るのを手伝い(と言っても隣で使った道具を洗ってただけ)をしたら、僕の受け持ちはクルマを洗うだけ。
車内のマットも洗い、内部に掃除機をかけても、小さなクルマですから小一時間で終わってしまいました。お昼を食べて、あとはギターの練習と読書。

昨日の午後も、届いたばかりの山本一力「ジョン・マン」(青雲篇)を読んで過ごしたし…。
午前中に大掃除の受け持ち範囲を片付けて、午後はソファに寝転んで読書三昧の日々です。

そろそろ、来年の手帳のビニールカバーを剥がしにかかりますか。
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by dairoku126 | 2013-12-30 18:54 | 季節 | Comments(0)

「白い航跡」吉村 昭

e0171821_16373551.jpg吉村昭の「白い航跡」上下巻を読み終わりました。
これは、海軍軍医総監として海軍に蔓延していた「脚気(かっけ)」を食事を改良することにより根絶させることに心血を注いだ高木兼寛の物語。

18歳のときに薩摩藩蘭方医の石神良策に師事、戊辰戦争の際には薩摩藩兵の軍医として従軍したものの銃創などの負傷者の手当など出来ずに無力感に苛まれていた若者が、英国公使館付きの医師・ウィリスに薩摩藩によって創設された鹿児島医学校で学び、教授に推されるまでに成長する。

明治5年(1872年)、海軍医務行政の中央機関・海軍軍医寮(後の海軍省医務局)の幹部になった恩師・石神の推挙により一等軍医副(中尉相当官)として海軍入り。

ここでも、当時の海軍病院学舎(後に海軍軍医学校)教官の英国海軍軍医アンダーソンに認められ、彼の母校英国聖トーマス病院医学校(現キングス・カレッジ・ロンドン)に留学することに…。在学中に最優秀学生の表彰を受けると共に、英国外科医・内科医・産科医の資格と英国医学校の外科学教授資格を取得し明治13年(1880年)帰国するのですが、あの時代に留学した人達の刻苦勉励ぶりというのは想像を絶するものがあります。覚悟の程が違うというか、日本の近代化を背負って留学しているという意気込みが感じられますね。

帰国後は東京海軍病院長をはじめ海軍医学畑の中心として明治18年(1885年)には海軍軍医総監(少将相当官。海軍軍医の最高階級)の役職を歴任していくのですが、この人の業績はなんといっても当時の軍隊に蔓延していた「脚気」との闘い。e0171821_16374576.jpg

今では「脚気」といってもピンと来ない人が多いのでしょうが、僕が子供の頃の健康診断というか身体検査でも「脚気」というのは一応検査項目に入っていた覚えがありますから…。椅子に座って膝下の辺りをゴムのハンマーみたいなのでトンと叩かれた記憶があります。「脚気」にかかっていると足が反応しないのだとか。

当時の陸海共に軍隊では、この「脚気」が大問題だったのです。なにしろ原因が分からないのに、罹病者が多い、しかも悪化して死に至るものも相当数あったのですから。
海軍でいえば、一つの艦の1/3程度の水兵が「脚気」で使い物にならない…ということもあったようです。

明治政府の発足時に日本の医学教育に雇ったのはシーボルト時代からの伝統もあって、ベルツなどのドイツ医学系の人間。また、その頃のドイツ医学は細菌学や病理学などヨーロッパでも「学問」として最先端の水準を誇っていたし、出来たばかりの東大医学部を頂点として日本の医学界はドイツ医学系統の人間で染められていきます。

ところが、海軍はイギリスを範としていますから、医学も「臨床」を重んじるイギリス医学。高木が食事に問題がありそうだと考えついたのも、その臨床的な発想からでしょう。
西洋諸国に「脚気」という病気がないというのも、タンパク質と炭水化物の比率が適性だからと思いつき、実験的に長期の練習航海に出る「筑波」という艦での食事を麦中心に変えてみたら、同じコースを回った1年前は最後の寄港地ホノルルで艦を動かせないほどの患者が出たのに食事を変えたら、ほとんどゼロ。
そこから、海軍は食事を改良して「脚気」発病を防ぐことに成功するのですが、日本の医学界及び陸軍は「学理」を重んじるドイツ医学の巣窟のようなところですからイギリス医学をバカに仕切って「脚気は細菌による伝染病である」という説を唱えて改めようともしない。
その最先鋒がドイツ留学から帰った森林太郎(鴎外)だったです。

なんと日清戦争、日露戦争との二つの大きな戦争での陸軍の脚気による死亡者は、戦闘による死亡者を上回っていたのです。それに引き替え海軍は、ほとんど無し。
それでも、日本の医学界と陸軍は高木の学説を無視し続けたようですから、ご立派というべきか。昭和の戦争前の「見たくないものは、見ない」という軍部や為政者の態度と良く似たものを感じてゾッとしました。
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by dairoku126 | 2013-12-29 17:48 | | Comments(0)

今年の、弾き納め。

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今年最後のLezardは、毎月最後の金曜日に行われるトモン先輩の"トモンちゃんと遊ぼう"。
元々は、今日の忘年会に行こう、と思っていたのですが大人数でワチャワチャになりそうなので、ジーキマ&モトム君とで急遽参加することにしました。
ギター・トリオでスタートしたのですが、肝心のトモン先輩が来ない!
2-3曲で…と思っていたら、初対面のピアニスト・フジイさんに入ってもらって、さらに3曲ほど。結局、ピエール君が居たのでトモンさんの代わりに、いつものトリオでスタート。
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サックスのミヤモっちゃんも久しぶりに、美しい音色を聴かせてくれました。

ヤク時間遅れで、トモン先輩が登場!
待ちかねたヴォーカリスト達が、次々に歌っていきます。

我々もピエール君と2ndセット。
これで、今年も弾き納めです。
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ネロビアンコのママは、華やかな全身スパンコールとビーズの衣装で登場。
相変わらず、お上手でした。

今年も随分と通ったLezardですが、来年も1月6日から。
来年も年始めの最初のLiveは、我々とチャン・リー・ホのトリオになりました。
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by dairoku126 | 2013-12-28 16:55 | 音楽 | Comments(0)

換気扇掃除、終了!

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雨が降っていたので、外回りはダメ。なので、換気扇の掃除をしちゃいました。
まぁ、老夫婦ですから脂っこい料理は少ないこともあり、昨年にかなりしっかりと掃除をしていたので脂汚れはそれほどでもないのですが、やはり1年の終わりにはちゃんとやっておかないと気が済まない。
TVで見たとおり、すべて分解してファンのところを粉石けんの液につけておいたら、脂が浮いてきたので使い古しの歯ブラシで擦ったら、やったぜピカピカ!
それ以外の場所も、すべて脂汚れを浮かせてから綺麗に拭き取り、最後は電解水で仕上げ。
1時間半もかからずに終わりました。

残すところは、窓ガラスと取り外しの効く網戸だけ。
お天気の良い日にやりますか!

あとは、お節料理前に包丁研ぎをすれば、僕の分担はすべて終了です。
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by dairoku126 | 2013-12-27 12:27 | 生活雑感 | Comments(0)

アイロンかけ(ズボン篇)。

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ズボンのアイロンのかけ方が分からない…という質問が来たので。
筋目をしっかりつけるズボンと筋目無しのズボンでは、かけ方が違うのですが、今日は筋目ありの方で…。
買ったばかりのズボンなど、時折輸送の都合かシワが付いてしまっているものがあります。
これって、穿くとみっともないことになるのですが、筋目付きのズボンは、まず何よりもピシッとした筋が大切。まずは、そちらを優先させます。
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アイロン台の上に、折り目が台ので一直線になるように置き、片側ずつアイロンをかけていきます。これが、基本中の基本。
ズボンによっては、前と後ろとで折り目がズレることがありますが、アイロンをかける方が台にしっかりと一直線になっていることが大事です。
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まずは、裾の部分を押しつけるようにして線の始まりのところの折り目をハッキリとさせておきます。(できれば)化学繊維で出来たアイロン用の当て布を使うと、アイロンがズボンの生地に直接触れずにスチームだけが通って行くのでズボンを傷めません。
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裾が決まったら、そこから折り目に合わせて一気にアイロンを滑らせて行きます。
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最後まで、しっかりと…。
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今度は、反対側の折り目を同様につけていきます。
折り目がしっかりと付いたら、中のシワを伸ばして行きます。
この際、アイロン台の上でズボンを引っ繰り返して、反対側の側面も同様にシワ伸ばし。

もう片方の方も、まずは線をしっかりつけるところから始めます。
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裾→折り目→中の部分のシワ伸ばし…とやっていけば、ズボンのアイロンかけはお終い。

筋無しのジーンズのようなズボンは、すべて裏返して縫い目と縫い目の間の平面をかけるようにしていくと上手く出来ます。
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by dairoku126 | 2013-12-25 15:53 | その他 | Comments(0)

師走も、あと1週間。

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今年も残すところ、あと1週間。

ということで、先週辺りからボチボチと部分的に大掃除を始めています。
洗面台の下の配管を外して中の汚れをすっかり取ったり、作り付けになっているロール式の網戸の掃除をしたり、台所周りも換気扇を残して殆どやってしまいました。
フローリングのクエン酸水でのモップかけもやっちゃったし。

…ということで、今日はパソコン周りの汚れを綺麗に。
とくにキーボードは、いつの間にか汚れてしまうのでアルカリ電解イオン水のウェットティシュで綺麗に拭き取りました。TVのお掃除特番でやっていたスライム状のモノを試してみようかと思ったのですが、Amazonで探したら「カスタマーレビュー」で「大したことない」と書かれているのが、大半の印象。ELECOMのウェットティッシュは、もっと安くて、激褒めだったのでこっちを買ってきました。確かに、PC以外にも使えるし、キーボードの汚れはしっかりと拭くだけでカンタンに落ちる!
ついでにTVやオーディオも綺麗にしちゃいました。

残すは、ガラス拭きと換気扇だけですね。
ガラス拭きだけは、最後の方にやらないと南風が吹いたら、一発で曇りガラスに逆戻りの可能性があるので…。
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by dairoku126 | 2013-12-25 15:30 | 季節 | Comments(0)

「藤田嗣治*手しごとの家」

e0171821_1457098.jpg10月末に京都に行ったときに、一乗寺の恵文社で見つけました。
あの本屋さんに行くと思わぬ発見があり、面白いのですが…。

藤田嗣治がフランス国籍を取得して、パリの郊外に終の住処として住んだ家が「メゾン・アトリエ・フジタ」として開館するのに合わせて林洋子さんが書き下ろしたもの。
その建物に残されたフジタの手しごとの品々(家具、洋服、アトリエの模型、陶器、額縁、写真…)を項目ごとに写真入りで解説し、あわせてフジタの創作活動の秘密やプライベートライフに迫って行こうという企画です。
読み物としても面白いし、写真を眺めるだけでも面白い。

それにしても、マメというか、手を動かすことが好きだったんでしょうね。実に「手しごと」の範囲が広いんです。額縁に空き缶のブリキを切り抜き、さらに凹凸をつけて天使やハートのカタチにして、これまた手づくりの額縁にあしらっていく。当然、中に入っている絵の主題とリンクしているのですが…。全体で一つの作品のような感じになっています。

また、洋裁も彼の得意なものの一つ。
第一次大戦前のパリでは小柄な彼に合う服が見つけにくかったことから、気に入った布地を買ってきてはミシンを踏んで自作したとのこと。(ミシンかけをしているところを撮影した土門拳の写真も素晴らしい)彼独特のファッションはパリでも話題になっていたそうですから、当時の日本人としては珍しい存在ですよね。
「パリの寵児」として持て囃されたのも、分かります。

時間を惜しまずに、身のまわりのものをことごとく手づくりし、暮らしを彩って行く「生活の芸術家」としてフジタを再認識させられました。
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by dairoku126 | 2013-12-24 15:36 | | Comments(0)

大学選手権、慶應vs東海大

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いやはや、大学ラグビーは何が起こるか分からない。
よもや、明治が負けるとは思わなかった。
慶應が東海大に競り勝ち、明治が敗れたため大学選手権ベスト4が転がり込んで来ました。
これで、慶應は4年ぶりのベスト4! しかも日本選手権の出場資格も獲得したので、今シーズンは2月16日まで試合をすることが出来ます。
和田監督の監督就任時の目標「今年はベスト4を目指す」は、見事に成就されましたね。

カヌー納めの後、会議があったのでJ-Sportsを録画しておいたものを見ると…。
なんと、藤沢ラグビースクールの出身者、法政が大学選手権で優勝したときのSO中瀬君が解説していました。彼も、日本協会の委員をやっているようですね。いや、立派になりました。

試合の方は、もっと点の取り合いになるかと思ったら、どちらもディフェンスが堅く、ディフェンス勝負の接戦になりました。東海は、FWの平均体重で一人あたり7kg重いという利点を活かしきれず、スクラムでも反対にコラプシングを取られてしまうという失態。やはり、対抗戦グループの方が重くて、動けるFWが揃っているから慶應もそれほど脅威には感じなかったでしょう。最初のトライも、FW勝負に持ち込んで、なおかつトライが獲れてましたから…。
ゴール前でのFW勝負は、慶應が再三のピンチを防ぎきり、数少ないチャンスをモノにしたという意味では、FWの大健闘が光りました。
それと、ディフェンス力が進化してきましたね。

これで、ベスト4は対抗戦グループの帝京、早稲田、筑波、慶應。
1/2に、国立で帝京vs慶應、早稲田vs筑波という試合になります。
それまでに、慶應はもっともっとタックルを磨いて来ないと、対抗戦での最終試合のように惨めな姿をさらすことになってしまう。「魂のタックル」の復活を期待しましょう。
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by dairoku126 | 2013-12-23 13:27 | スポーツ | Comments(0)