<   2010年 01月 ( 22 )   > この月の画像一覧

今日も海に出ました。

e0171821_1623713.jpg
湘南アウトリガーカヌークラブの市川代表から、「一緒に漕ぎましょうよ」との電話をいただき、今日も9時過ぎからOC-1 を漕いできました。
今日は日曜日だったので、他にも自主トレのクラブメンバーが8人ほど居て、OC-1を連ねて海に出ました。風が強かったので、最初は片瀬川に入り、約3.7Km 上流のブイを目指します。引き潮に向かう時だったので、川の流れが強く、なおかつ風に向かって進むので結構キツイ!
我々は、他のメンバーより先に出たのですが、半分も行かないうちに追い抜かれました。
ブイにたどり着いて、水分を補給して一休みしてから、今度は下り。
上りに比べて、はるかにラクです。河口まで漕いだ時には、風も治まっていたので、そのまま江ノ島を1周してきました。皆に遅れながらも、無事にゴール!
私は西浦に戻りましたが、他のメンバーは更に1周してくるとのこと。スタミナあるなぁ。
上がった時には、西浦にも太陽が当たり始め、気持ちの良いこと。
OC-1 を洗うのに、水を使っていても冷たいというよりも、気持ち良いほどでした。
この調子で漕いで行けば、クラブの練習が始まる3月までには、筋肉が出来上がるかな?
それにしても、明日から2月。ホントにアッ!という間もなく時間が過ぎていきます。
*シーズンオフの間に、OC-6の修理が1艇づつ進んでいます。これもクラブメンバーの有志がやっていること。いろいろな特技を持った人が居て、それぞれの出来ることをクラブのために役立ててくれるのは素晴らしいことです。
e0171821_16325773.jpg

[PR]
by dairoku126 | 2010-01-31 16:31 | | Comments(0)

ライ麦畑で…

e0171821_13253182.jpg『ライ麦畑でつかまえて』の著者、J・D・サリンジャーの訃報を聞いて「あれ?まだ生きてたんだ」と思った。
1965年46歳で引退してたからでしょう。それにしても、ノルマンディー上陸作戦に参加していたのも驚きですよね。

この本は、まさに僕たちの青春時代のバイブルのような本で、誰に勧められて読んだのかは覚えてないけど、それまでのフォークナー、スタインベック、O・ヘンリーとかコールドウェルなどといったアメリカの作家とは一線を画す作品だったのは覚えています。
「New Yorker」なんて雑誌があることも、その時に知った。
「ニューヨーカー短編集」で「夏服を着た女たち」(アーウィン・ショー)などを知る切っ掛けにもなりました。アイラ・レヴィンなどもね。
70年代は、ここらを語れれば立派に通用したのです。
僕等、「団塊」と呼ばれる世代は、ある意味で「啓蒙の世代」でもあったので、「この本読むべし」とか「このレコード聴くべし」と確信したものを、やたらと他人に強制するところもあったので…。

ところで、書かれたのは1951年なんですね。日本は、まだOccupeide Japanの状態です。
日本では翌52年に「危険な年齢」(橋本福夫訳、ダヴィッド社)というタイトルで紹介されています。現在の「ライ麦畑で…」というタイトルで白水社から野崎孝訳で出版されたのが、64年なんですね。東京オリンピックの年です。
この1964年という年は、戦後のエポックとして重要な年で、オリンピックは勿論ですが、平凡パンチの創刊、ビートルズの初アルバム、ちなみに僕は高校1年生で、サーフボードで初めてサーフィンをしたのも、この年です。前の年の11月には、ケネディが暗殺されています。
ここを境に時代の気分が、ガラリと変わります。
日本は高度成長へ、アメリカはヴェトナム戦争へと。

この本の背景となっている時代状況も生活状況も、戦勝国アメリカと占領下の日本とではまったく違うので、読んでいても最初は良く分からなかった…というのが本音でしょう。
あまりにも違うんだもの。すべてにおいて…。
大学時代に再読して、なんとなく半分ほど分かったというところでしょうか?
それに、翻訳者も大変だったと思いますよ。日本語が原文について行けない状況だったでしょう。そりゃ、口語訳してしまうという手もあったと思いますが、その当時そんなことすりゃ文学作品としては非難囂々でしょ。村上龍が「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞をとった1976年でさえ、大騒ぎになったんですから。その意味では2003年に村上春樹さんが「キャッチャー・イン・ザ・ライ」と原題通りに訳したのは、日本語が進歩(?)してきたので原文に近いニュアンスが出せるようになったのでは?(こちらは、まだ僕は読んでいませんが…)
ちなみに1951年の芥川賞は安部公房「壁」、堀田善衛「広場の孤独・漢奸その他」など、52年は五味康祐「喪神」、松本清張「或る「小倉日記」伝」。破天荒な問題作といわれた石原慎太郎「太陽の季節」が受賞するのが55年ですから、やはり当時の日米の格差というのは大きかったのでしょうね。
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-30 14:18 | | Comments(4)

春霞?

e0171821_167422.jpg
昨日の雨のせいでしょうか、空気が冬から春に変わったような朝でした。
目覚めた時に、枕元の時計についている温度計の表示は、12度ちょい。
冬の朝とは思えない温かさでした。
風もなく、家にまで海鳴りが響いてくるので、サーファーにとっては最高の朝だったのでは?
そのせいか走りながらチェックすると、川沿いの駐車場も結構クルマが入ってる。この駐車場は波がないと、ほとんど空になっているくらいサーファー御用達の駐車場なんです。
134号線の歩道橋を上がってチェックすると、海鳴りの音の割にはサイズがない!
それでも、入ってる、入ってる。
e0171821_16182468.jpg
横目で見ながら、片瀬川の河口まで、いつものコースを走りました。
あまりの温かさに、景色が春霞がかかったようになっています。
水蒸気が上がっているのでしょうね。富士山も見えません。
風景だけを見ていると、4月になったような錯覚に陥ります。
これで来週から、また冬なんですよね。やってられないや!
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-29 16:24 | | Comments(0)

初パドル!

e0171821_14374877.jpg
お天気の具合が良さそうなので、今朝は9時からクラブのOC-1を借りて今年初のパドリングを楽しんできました。案の定、風も北の微風、海面も穏やかで絶好のパドリング日和。
準備をしていたら、キッズを担当しているゴン太(妙齢の女性です)も登場!
彼女は、日本でもトップクラスのパドラーなので、葉山まで漕いでくるとのこと。
「往復で、2時間くらいですかね?」とこともなげに言うのですが、こちらはとても片道1時間では葉山どころかカブネだって覚束無いので江ノ島の周囲を回ることに…。
今日の目標を江ノ島2週に定め、西浦を漕ぎ出して、沖に向かうと1ヶ月ぶりのパドリングとは思えないくらい気持ち良く進みます。やはり、ランが効いているのでしょうか?
釣り糸を引っかけないように、釣り人が居るところは沖の方を通って島の裏側に…。
こちら側は、太陽が当たるサニーサイドなので、漕いでいるうちに汗が出始めます。
江ノ島のハーバーの突端を回ると、オフショアが吹きつけて来ましたが、苦になるほどでもなく、かえって火照った身体にキモチ良い。そのまま橋の下をくぐって、まず1周。
暑いので一端、西浦に帰ってロングジョンの上に来ていたスウェットのトレーナーを脱いでから、もう1周。初めてOC-1に乗った頃にはバランスが取れなくて、良くひっくり返ったことなど想い出しながらイーブンペースで漕ぎ続けることだけに専念して漕いでいました。
この季節は、とにかく海水が澄んでいて、海底に自分の影が映っているほどです。
これが、ちょっとでも荒れ出すと、いきなり鈍色の冷たい海になったりするんですけどね。
気持ち良く、初パドルを楽しむことが出来ました。
でも、やはり6人で気持ちを合わせて漕ぐ0C-6 の方が、楽しいかな。
キョリ測で図ったら、1周3.6kmでしたね。2周で7.2kmか。
それを1周23分くらいですから、まぁまぁ現在のところは良しとしましょう。
1周目と2周目でタイムが、ほとんど変わらなかったのも良いことです。(自己満足ですがね)
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-27 15:15 | | Comments(2)

誕生日

e0171821_11525657.jpg
今日は、僕の誕生日なのですが、この年齢になるとメデタクもない。
それよりも、1年が経つのが早い!という思いばかりが先に立つのが正直な実感というところでしょう。そりゃ、家族が祝ってくれるのは、本当に嬉しいことだけど…。
息子が作って来てくれた、アジャンタ風キーマカレーは美味しかったし!
今日は、つい寝坊をしてしまったら、奥さんは所用で出かけたらしく、机の上に「お誕生日、おめでとう」との書き置きがありました。
e0171821_123407.jpg風もなく、天気も良いので、朝食を摂った後に走りに出ました。富士山は南側の斜面の雪が風で飛ばされたのか、7合目より下の方が岩肌が出ています。
サングラスをしてくれば良かった、と思うほどの光の眩しさ。僕は目が強い方なのですが(60歳を超えて、まだ老眼は出ていません)、さすがに海に反射する光を眩しく感じました。
光だけを見ていると、直ぐにも春が来そうな逞しい太陽の光です。e0171821_12123113.jpg

ちょうど、潮が満潮に向かう時だったせいか、なかなか割れそうで割れない波でサーファー達も乗りづらそうにパドルをしていました。家で感じていたよりも、オフショアが結構吹いていたし…。
まぁ、でも今がイチバン海がキレイで、しかも光がキレイな時ですからね。

旧暦でいえば、もう来週は「立春」ですから…。
*写真は、海が好き.comからお借りしました。
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-26 12:18 | 生活雑感 | Comments(16)

脚気

e0171821_2130877.jpg 関川夏央『「坂の上の雲」と日本人』(文春文庫)を読んでいたのですが、脚気(かっけ)が恐ろしい病気だと思い知らされました。
江戸時代には、「江戸病」と言われていた脚気ですが、これは白米ばかり食べていると栄養が偏ってかかる病気。田舎では麦飯や雑穀混じりの米、あるいは雑穀ばかり食べていた人が、江戸では奉公人などにも白米を食べさせたので、栄養のバランスが崩れ、病気になっていたので「江戸病」と呼ばれていました。
まぁ、それほど在所では白米なんて正月か、お盆、あるいは余程の祝い事が無い限り庶民が口にする機会は無かったほどのご馳走だったらしいのですが…。
明治になって兵隊を募集する時も「白米を3食、食べさせる」ということが一番の魅力的な誘い文句だったほど、「ハレの日」のような食生活に憧れて兵隊さんになる人が多かったとのこと。
一日一人あたり六合の米が供されたのですが、これが問題でした。脚気が、軍隊に蔓延したのです。明治7年の台湾征討軍の戦死・戦病死は、わずかに16人(!)。
それに対して、マラリア・アメーバ赤痢、そして脚気での死者は800人近くに及んでいます。
日清戦争では、戦死者1,415人ですが、脚気などの傷病死者はマラリア4,000人、脚気8,000人。日露戦争では、戦死6万人(203高地だけで3万人近く死んでいます)、脚気2万人という数に上っています。
まぁ、日露戦争の時の副食物が、タクアン一切れ、煮豆12粒。これが3食六合の白米に付いてきたオカズのすべてです。凄いことですよね。
海軍では、あまりの脚気患者の数に、一隻の軍艦で実験をしてミルク、パン、牛肉などを支給したところ患者ゼロとなり、それ以来水兵の不満を押し切って食事改革を行っていました。
それに対して、陸軍ではドイツ留学から帰国した森林太郎(鴎外)一等軍医は「科学的根拠なし」「非日本食は将にその根拠を失わんとす」と言って海軍での食事改革を否定したため、依然として同じような食事を続けていました。
海軍対陸軍という争いは、食事でもあったのですね。
脚気という病気は、足が衰える程度のことだと思っていたのですが、とんでも無い誤解で、生命に関わる病気だったんですね。僕が子供の頃でも、まだ学校の身体検査では脚気の検査というのがありました。ゴムのトンカチでヒザの下を叩いて、足が反応を示せば「良し」です。
日本の社会全体が貧しかったし、食生活が今と比べればオカズが貧弱だったんでしょうね。
池田勇人が「貧乏人は麦を食え」と言ったのは、栄養的には根拠があったのですね。
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-22 22:09 | 生活雑感 | Comments(0)

蝋梅

e0171821_1782090.jpg
やっと、蝋梅が花を咲かせました。
昨年の台風で痛めつけられたらしく、蝋梅の花が例年よりも蕾の数が少ないのです。
この蝋梅は、僕の母が大事にしていた木なので引っ越しの時にも、1年前から植木屋さんに頼んで養生して来たものですが、何分にも古い木なので…。
この蝋梅は、寒くならないと蕾も付けないし、花も開いてきません。
おまけに、昨年の度重なる台風の潮風攻撃で葉っぱも幹も痛めつけられてしまいました。
植木屋さんに相談したら、枯れ始めたところは切って、下から新しい細い幹が上がってきているのを気長に育てるしかないとのこと。
時期を見て、切ったり、根の整理をしたり、木の向きを変えてくれるとのことでした。
でも、咲き始めると良い香りが漂い始めます。
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-22 17:18 | 季節 | Comments(0)

段ボールのホクレア

e0171821_9444667.jpg
昨日、横浜に行って来ました。市役所の正面玄関に飾られている日比野克彦さん監修によるホクレア号の段ボールアートに関して相談を受けていたからです。これは横浜開港150周年のFUNEプロジェクトの一環として、横浜市に縁のある船の模型を150艘作るという試みで、日比野さんが指導してボランティアの子供達などが創ったものです。その第一号として2007年7月に来航したホクレア号の、このアートが創られました。これの作製に際しては、ホクレア号のクルーも一緒になって完成させていったという物語も残っています。
ホクレアといえば…ということで、西村Kzauさんも勿論一緒です。これに関わった市役所職員(彼とはアウトリガーのパドル仲間です)が、これを横浜市とハワイの友好のシンボルとしてハワイに送りたいということで、とある機関に協力の要請というか、下相談に伺ったのです。
これを実現するには、まだまだ越えるべきハードルが幾つかあるとは思いますが、地道に一つずつクリアしていくしかないでしょう。
ついでに、オリヂナル・ジョーズでランチを食べようと思っていたのですが、最近はランチをやってないようで閉まっていました。だけど、ちゃんと店があったのでひと安心。
先日も、しばらく行ってなかった店に電話をしたら「その番号は現在使われておりません」という非情な電子音が流れて、唖然としたばかり。104で調べてもらっても、Googleマップでストリートビューを見たら、ビルの建て直しなのか、工事現場のシートが貼ってありました。
ちなみにKazuさんは、明日からホクレアの上級クルーのトレーニングで、一週間ほどホクレアで航海に出るとのこと。 Bon Voyage!
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-22 10:12 | | Comments(0)

めじろ亭の客達

e0171821_9535369.jpg
相変わらずの盛況ぶりを示す「めじろ亭」ですが、最近メジロ以外の客の姿が見られるようになりました。まずは、小鳥が集まれば、それを狙う猫が…。
e0171821_9555942.jpg
ご近所の飼い猫のようですが、これ以外にも2匹ほど来ます。
ウエンディが居た時には、絶対に寄りつかなかったのに…。
e0171821_108716.jpg
猫には構わず、相変わらずの食欲のメジロ達ですが、こんなにキレイに食べてくれます。
e0171821_958716.jpg
ここ2-3日、目立つようになったのがヒヨドリ。
食べ方が汚いし、あまり歓迎できないのですが…。フンはするし。
餌の置き場所を考えるしかないのかなぁ?
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-19 10:03 | 環境 | Comments(2)

穏やかな陽気

今朝は、昨日までの寒気が少し緩んだのか穏やかな陽気になっています。
外の睡蓮鉢などで張っていた氷も、今朝はなし。
e0171821_11263559.jpg
陽気に釣られて、つい片瀬漁港の突端まで5Km のランに行きましたが、途中で見る限り波もなし。わずかに引地川の河口と、Unionの前で割れているだけでした。
このところクッキリと見えていた富士山も、この陽気のせいか霞んで見えず。
春のような景色です。
e0171821_11342690.jpg
漁港の突端まで行くと、まだ浚渫作業は続いていました。
一昨日は、もっと沖の方を掘っていたのですが、今日は漁港の入り口付近を掘っていました。
掘った土砂は反対側の岸に上げて護岸工事に使っているようです。
あっち側に盛り土して何を作るんだろう?
[PR]
by dairoku126 | 2010-01-18 11:38 | 季節 | Comments(0)