カテゴリ:本( 213 )

『ツバキ文具店』小川糸

e0171821_09181289.jpg鎌倉を舞台にした小説。
読むより先にNHKのドラマで見ていたのですが、時々「ありえないだろう?」というほどロケ地が飛ぶ。描かれている地名の位置関係を知っているから、その部分だけとても気になりました。

原作はどうなっているんだろう?と思いつつ読み出しました。
まぁ、ドラマもとても良く出来ていたのですが…。
と、かなり原作に忠実に脚本が書かれていたことが分かりました。

「ありえない…」と思いつつ見ていたところは、ドラマ用にエピソードを書き足していた部分だった。
物語が進むにつれ登場する人物を、ドラマ的な伏線として最初の方から出すために無理を承知で書き足したために生じた「不自然」だったのですね。社会的な問題提起をドラマとして盛り込みたかったのかも…。

小川糸という作家の本は、これで2冊目ですが人間関係の距離感を描くのが実に巧い!
土足で踏み込まず、それでいてちゃんと温もりが感じられる距離感というのを分かっているのですね、この人は。ドラマでは、そこのところが少しベタついたものになっていたり混乱していたから「不自然」だと感じたのかもしれません。

原作の方は、淡々と進んで行く構成になっていて、それでも章を重ねるにつれ徐々に重層的に膨らんでいくのですが、ドラマはそうも行かないもんね。
脚本家も、そこの部分で苦労したんだろうな。

人間が生きていく上で抱える問題を描いていくのに、「代書屋」という江戸時代から続く「商売」を切り口にしたところが新しさを感じさせてくれるのでしょうね。

僕が居た会社では広告制作のポイントとして「大胆な切り口、明快なアート、緻密な仕上げ」という「制作三原則」というのを叩き込まれましたが、この本を読みながらそんなことを想い出していました。
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ただ、先にドラマを見てしまうと読んでいて登場人物の顔がタレントの顔にダブってしまう。
なかなか、素敵なキャスティングだったから構わないのですが…。
多部未華子、大好きだし(笑)



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by dairoku126 | 2017-11-13 10:08 | | Comments(0)

『もの言えぬ時代』内田樹、加藤陽子、高村薫、半藤一利、三浦瑠麗ほか

e0171821_17174705.jpg共謀罪の法案審議をしている時に朝日新聞が社会面で実施した「問う『共謀罪』」というインタビューシリーズを書籍化したもの。

あとがきによれば、作家など創作者、捜査の実務に携わる人、ジャーナリスト、学者など世間で「識者」と呼ばれる人から取材をしようとしたようですが、この時点で断りを入れてくる人が多かったとか。すでに「もの言えぬ時代」が始まっているのかもしれない。

本にまとめる時に、さらに5人を選んで第一部として共謀罪が最初に法案化された2006年からの日本の変化について語らせている。

思想家・内田樹は『国民国家が液状化する中、安倍政権は「アメリカの属国の代官」として強権を維持する仕組みを作ろうとしている』と見立て、歴史学者・加藤陽子は『戦前の歴史との類似点をあげ、強引な政権運営』に警鐘を鳴らす。作家・高村薫は『異論を排除する空気感が広がる中での言葉の大切さ』を訴え、半藤一利は『ポイント・オブ・ノーリターン=歴史の戻れない地点に至らんとしている』と指摘した。国際政治学者・三浦瑠麗は『憲法改正を目指す安倍政権は大きく間違ってない』と述べ、護憲勢力の教条主義的な姿勢に疑問を呈している。

第二部では、インタビューの再録というカタチで賛成・反対の意見を持つ人が登場します。
2006年に最初に法案を提出した当時の法務大臣・杉浦正健氏が「外務省がやたらと騒ぐので出したけど、当時は通すつもりなんか無かった」と語っているのは興味深い。
すでに3度も廃案になってきたのは、自民党内にも賛否があり、党内での議論が活発に行われたからでしょう。選挙のたびに戦争のことを知っている議員が引退し、知名度だけで当選してしまう議員が増えて来たのと、「一強」となった総裁に「忖度」してるんでしょうね。

こんな感想をブログに書いただけで、まさか公安に尾行されたりはしないでしょうが…。

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by dairoku126 | 2017-11-10 18:05 | | Comments(0)

『夜想曲集』、『日の名残り』カズオ・イシグロ

e0171821_12221313.jpg迂闊にも、この著者のことはノーベル文学賞を取るまでノー・チェックでした。すぐに書店に行ったら、すべて在庫なし。
本屋さんも、出版社も焦ったでしょうね。
ということで、書店に山積みになってから買いに行きました。

まずは、読みやすそうな短編集から…。
『夜想曲集』を最初に読んだのは、正解でした。
何よりも読みやすい。
「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」と副題にあるように、人生の夕暮れに直面し、心揺らす人々を描いていきます。
5楽章まである夜想曲集のように、5つの短編が混ざり合いながら最初の章で登場した人物が再び登場する最終楽章へと導いていく。
この構成の仕方は、僕の大好きな作家・辻邦生を思い浮かばせました。

どれだけ栄耀栄華を極めようと、人生の黄昏に忍び寄る寂量感。
英国人として育った著者は意識してないのでしょうが、「もののあはれ」という日本人的な心象が浮かび上がります。

初めて知ったのですが、外国では短編というのは長編に比べて評価が低いとか。
かの国々の読書階級と言われる人々は難解で、読み応えのある長さが無いと満足しないのでしょうか?

e0171821_12221793.jpgノーベル文学賞の対象作品になった『日の名残り』は、実に英国的で面白かった。設定としては、大英帝国に影が差し始めた1950年代後半の由緒正しい屋敷に仕える執事の話です。

出版社のレジメでは「品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。」とありますが、ダーリントン卿の死去に伴い新しい主人となったのはアメリカ人。
好人物ですが、やはり長い歴史の中で培われてきた主人と執事の関係というか、距離感の違いに戸惑う様もニヤッとさせてくれます。
アメリカ人の主人に仕えるにはジョークを上手く言えるように練習しないといけないのかと、悩む主人公も微笑ましい。

台頭する新興国・アメリカと「英国病」に蝕まれていく大英帝国の姿を「執事」に象徴させたのは、まさに慧眼です。
そういえばイギリス旅行の時に、チャーチルが育ったというブレナム・パレスのショップにも執事の入門書のようなものが置かれていたりしてましたね。
あそこまで豪壮な屋敷ではないにしろ、旅の途中で見かけた領主の館を思い浮かべないと、この本の面白さや舞台が分からないのでは…。

この二つの作品を読んで、すっかりカズオ・イシグロの描く世界に取り込まれました。

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by dairoku126 | 2017-11-07 13:29 | | Comments(0)

『貴様いつまで女子でいるんだ問題』ジェーン・スー

e0171821_09475217.jpgいやぁ、面白かった!
ジェーン・スーのラジオ番組「生活は踊る」は良く聴いてますが、彼女の問題整理能力というのにはいつも感心していました。

内容についてはAMAZONの紹介文を見ると…
これまで誰もが見て見ぬふりをしてきた女にまつわる諸問題(女子問題、カワイイ問題、ブスとババア問題、おばさん問題……etc.)から、恋愛、結婚、家族、老後までーー今話題沸騰中の著者が笑いと毒を交えて、自らの経験や失敗を開陳する宝石箱のようなエッセイ。20代、30代、40代女性の働き方、生き方に知恵と術を授けてくれる、女にとっての教典的物語でもある。(中略)

理屈より気分を優先する女子メンタリティは、社会的弱者に宿るからこそ輝くもの。
社会経験とコズルイ知恵と小金を備えた女たちが「女子! 私たちはずっと女子」と騒ぎ出したら、暴動みたいなものです。部外者が違和感(ずうずうしさ)を感じ、「あんたら、女子っていう年じゃないでしょう! 」と文句のひとつも言いたくなるのも、無理はありません。』と。

彼女の凄さは、実際に会社生活を送って身をもって「日本の会社=男社会」で生き抜くための方法論を挫折を乗り越えながら確立してきたこと。
一見、女性でも同等に働ける環境と思われる最初の就職先・大手レコード会社でも「男社会」の「壁」は分厚いですから…。まぁ、広告会社も似たり寄ったりですが。
これを読みながら、会社時代の同僚であったり、仕事仲間であったり、はたまた部下だった「女子」の顔が浮かんできました。彼女たちも同じように、もがいて居たのかと…。

管理職になると「査定決定会議」というのが、当然のこととしてあります。
その場では、どうしても「男」の社員の方が甘くなることが往々にしてあった。
だから、望んで他部署から望んで移動して来た「女子」に対して、前部署の管理職は「A査定」なんてのは与えません。自分のところに残る輩に当然のように与えてしまう。
部署ごとのパーセンテージが決まっているから、どれだけ素晴らしい仕事をしても移動する人間に「公正」な評価を与えたりはしません。そんなこんなで昇進が同期の「男」に比べて2-3年は遅れてしまうことがしばしばでした。日本の組織の「壁」というのは、分厚いものです。

話をジェーン・スーに戻すと、彼女の相談での受け答えに感心することは多々あります。
相談された事柄を、見事にプライオリティをつけ直して、整理してから答える。
相談者の文章に書かれたことを丸呑みにせず、問題点の階層を並べ直している。
だから、10分足らずの間に解決方法が出て来てしまうのでしょう。

これは、関西地方をドライブ中に聴く上沼恵美子「先生」の受け答えとは明らかに一線を画している。あちらは、とにかくダラダラと「あーでもない、こーでもない」と30分近く相談者との会話が堂々巡りして、最後に「まぁ、頑張ってください」で終わってしまう。
まぁ、相談者にとっては「先生」が一緒に悩んで、付き合ってくれたという満足感はあるのかもしれませんが…。関西ではジェーン・スーのように「一刀両断」みたいなことをすると「冷たい!」と思われるのかもしれませんね。

まぁ、この本は男が読んでもタメになる本と言えるでしょう。



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by dairoku126 | 2017-11-01 10:34 | | Comments(0)

『張学良秘史ー六人の女傑と革命、そして愛ー』富永孝子

e0171821_10305694.jpg本屋で見かけて面白そうだったので、著者名に馴染みが無かったけど買ってしまいました。いやぁ、面白かった!
1901年に生まれ、2000年に亡くなるという波瀾万丈に20世紀を生き抜いた男の話です。

中国東北地方の軍閥・張作霖の御曹司”張学良”のことは、もちろん知っていたし、「西安事件」で「国共合作」を図り、抗日戦線を成立させた男ということも知っていた。
蒋介石政権のNo.2 として、共産党との内戦で消耗するより、蒋介石を幽閉してまで抗日共同戦線の成立を図ったため、自身が幽閉の身になったので歴史の表舞台から消えてしまう。
本の内容や著者のことについては、こちらを。

1992年のインタビューに基づき、20年かけて書き上げたもの。
まぁ、関係者がすべて故人となるまでの時間も必要だったのでしょうが…。
タイトルにもあるように、彼と関係のあった女性について語っている部分が大変ですから。

それにしても、中国の軍閥のスケールにはビックリしました。
自前で鉄道は敷設するし、数十万人の陸軍を養い、海軍はおろか空軍まで常備する財力を握っていたのですから…。その豊かな大地と対ソ連への戦略上の観点から、日本が傀儡国家として満州国を世界中の非難を浴びながらも邁進してしまったのでしょう。

インタビューでは、「政治向きの話は止めて、女性について話しましょう」ということで著者も驚いたようですが、このような立場に居る人の女性関係というのは必然的に政治が絡んで来るので、かなり詳しく歴史を語っています。ここに出て来る女性もスケールが違う!

ここで描かれているのは第一夫人・于鳳至、第二夫人で物理学者の谷瑞玉、ムッソリーニ令嬢でイタリア公使夫人・エッダ、秘書で最後の妻・趙一荻、蒋介石夫人・宋美齢、中国中央銀行総裁夫人・蒋士雲の六人。(すみません、中国語の略歴しか見つからないものも多かった)

単に「英雄、色を好む」という話ではなく、自分の分身として政治の裏で働いたり、交渉したり出来る女性ばかり。まさに、「女傑」と呼ぶにふさわしい女性達です。
蒋介石、周恩来などとの関係も、妻同士が連帯して裏で動いていたりする。

同時に、中国の政治のダイナミズムも、さまざまなエピソードから感じることが出来ます。
こんな国でトップまで上り詰める政治家と正面から向き合うには、日本の政治家にも深い教養と人格の形成がないと簡単に見透かされてしまうでしょう。

最後に、単行本で出たときの書評を出口さんが書いてるのを見つけたので、こちらをご覧ください。

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by dairoku126 | 2017-10-25 12:27 | | Comments(0)

『暁の旅人』、『夜明けの雷鳴』吉村昭

e0171821_11591022.jpg松本良順と高松凌雲、幕末から明治にかけての混乱の中で日本の医学を大きく前進させた二人です。しかも、二人とも幕臣。
前にこのブログに書いた『白い航跡』の海軍医学総監・高木兼寛と合わせて、僕は勝手に吉村昭の医学三部作と呼んでます。

『暁の旅人』の主人公・松本良順は、佐倉藩で病院兼蘭医学塾「佐倉順天堂」を開設していた佐藤泰然の息子。
父の親友で幕府奥医師であった松本良甫の養子となり、長崎伝習を命じられ、ポンペの下で実践的な西洋医学を身につける。
将軍侍医として14代将軍家茂の治療に当たり、新選組の近藤、土方とも親交を結び隊士の診察なども行うようになる。

戊辰戦争では幕府陸軍の軍医、そして奥羽列藩同盟軍の軍医として漢方医たちに銃創などの処方を教えるが、仙台で榎本武揚に箱館行きを懇願されるも、土方歳三に江戸に戻るように勧められ、横浜で一時投獄されるが赦免され、早稲田に西洋式の病院を設立、山県有朋に懇請されて兵部省に出仕して大日本帝国陸軍初代軍医総監となる。
まさに医師として賊軍から官軍最高位までという波瀾万丈の生涯です。
それだけ、彼の知識と手腕は、明治の初年にあってはかけがえのないものだったのでしょう。
晩年は、大磯に引き込み、悠々と日を送ったようです。
ちなみに日英同盟を結んだ時の初代駐英大使・林董は、松本良順の実弟。

e0171821_11591397.jpg『夜明けの雷鳴』の主人公・高松凌雲は、一橋家の専属医師。
ちょうど一橋慶喜が15代将軍となったので、将軍の名代としてパリ万国博覧会に赴く将軍の弟・昭武に随行して西洋医学を修めるよう申しつけられ、万国博終了後はパリで医学生として「神の家」という病院を兼ねた医学校で学ぶ日を送る。
幕府瓦解の報に帰国、榎本武揚に合流して箱館戦争に医師として従軍。箱館病院の運営を榎本から任され、フランス時代に身につけた医学の精神に基づき、敵味方の分け隔てなく治療に専念。
日本初の赤十字的行為として医学史に残る働きをする。
その働きに政府軍の軍監である薩摩藩士が病院の安全を確保すると共に、榎本軍との停戦を斡旋する文書を書くことを依頼する。

箱館戦争後は、東京に戻って病院を開設。松本同様に新政府からの出仕するように誘いが来るものの、町医者としてパリで学んだ「神の家」の精神を実現するべく、医師会の会長として仲間に呼びかけ、貧民を無料で診察・治療する組織「同愛会」の設立を提案。
民間救護団体「同愛社」が榎本武揚、渋沢栄一、大隈重信などの賛同も得て、スタートした。
最後まで「町医者」として民間治療に徹した人生を描いて行く。

明治の初年に日本の医療の近代化に尽くした三人(高木、松本、高松)の姿を丹念な資料の読み込みで、正確に史実を紡いで行く吉村昭の作品です。
この人の飾らない、淡々とした文章とには、いつも感心させられます。






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by dairoku126 | 2017-10-21 15:12 | | Comments(0)

『死の淵を見た男』門田隆将

e0171821_10161075.jpg今年の夏以降、訃報が相次いでいます。
それも、僕が元気で居る姿を見かけた2日後にとか、家族さえも予期しないような突然死が立て続け。
弟の死を我が家まで知らせに来てくれた同級生の誘いを受けて、昨夜は小学校の同級生が集まりました。
未だに某M新聞社で記者として現役で記事を書いているものもいれば、僕のようにのほほんと暮らしているなど、それぞれに歩んで来た道は違うけど、話が始まれば違和感なく溶け込めてしまうのは不思議な感覚。のんびりした時代に育ったからなんでしょうか?

さて、この本はカナダの大学教授になった甥っ子が来日した折りに教えられた本。アメリカ育ちの甥は物理学(しかも原子力制御が専門)という遠藤家には珍しい理工学系。かつては東海村で研究していたこともあります。
あの大震災の後も、福島第一原発のことで日本を訪れ、N.Y.Timesに寄稿したりしていました。彼が書いたレポートは英語で書かれていたので、僕の語学力では良く分からない…と言ったら、この本を薦めてくれました。

津波による全電源喪失という未曾有の惨事に、現場の所長であった吉田昌郎と彼の下で「死」を意識しながらも暴れ始めた原発を制御しようと奮闘した男達の闘いが描かれています。
読み進むうちに空恐ろしくなってきました。
彼らの数日間にわたる不眠不休の壮絶な闘いが無ければ、日本の⅓は人が棲むことのできない場所になっていた。北海道と関西以西以外の土地はすべて汚染され、東北・関東・中部の人間はすべて強制退去という悲惨な状況が紙一重で救われていたのです。

同時に日本の組織というのは、相も変わらず現場任せという欠陥が改められていないことに憤りを感じました。有事に対処するのは現場に任せ、それに対する二重・三重の危機管理がまったく出来ていない。「想定外」という便利な言葉ですべてを片付けてしまう鈍感さです。
真っ先に浮かんだのが、ノモンハン事件と同じじゃないか!ということ。
利益優先でなすべきことを怠り、原子力という「化け物」を甘く見ていた幹部や政治家たち。
戦前の軍隊組織の欠陥が、そのまま温存されているかのような企業経営者の感覚の鈍さです。

放射線量が上がる中、決死の覚悟でベントに挑む(しかも人力で…)男達の姿を”美談”にしてしまうと、「永遠の0」のように物事の本質をねじ曲げたことになることを著者は分かっているようで冷静なドキュメントを綴っていきます。詳しい内容は、こちらを。

関西電力が採算が合わないと大飯原発を廃炉にするという記事が出たばかりですが、いままで電力コストが一番安いのが原発だと叫んできた政府・経産省はどうするのでしょうか?

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by dairoku126 | 2017-10-19 11:40 | | Comments(0)

『利休の闇』、『影踏み鬼ー新撰組篠原泰之進日録』

e0171821_10234585.jpgわずか2-3日で、夏から晩秋へと変化してしまったようですね。
カヌーの練習もお休みです。冷たい雨が、恨めしい。
ということで、最近立て続けに読んだ本のことでも…。

『利休の闇』は、加藤廣が『信長の棺』から始まる本能寺三部作の流れで書かれているので、秀吉=山の民という前提が分からないと、少し違和感を覚えるかもしれません。

秀吉が織田信長の下でのし上がって行く中で、幹部クラスにしか許されない茶道を身につけようと今井宗久、津田宗及にこっそりと教えを乞おうとして無碍に断られるのに、利休(当時は千宗易)だけが手を差し伸べてくれるという導入部から、二人の師弟関係が秀吉が階段を上るにつれて変化していく。そこら辺が利休の視線で描かれていくのですが、利休が信長時代に朝廷から出入禁止の沙汰を受けたことが伏線として活かされている。

最後に利休が切腹するというストーリー展開そのものは、有名な史実ですから変えようがありませんが、そこに至るまでの過程が宗久、宗及の茶道記録など膨大な資料を読み込んで丹念に書かれたものだけに「茶道上の対立」だけで終わらない読み応えのある歴史ミステリーになっています。有名な「朝顔事件」も効果的に使われている。

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葉室麟の『影踏み鬼』は、暗殺集団と化した新撰組から勤王思想を貫くために伊東甲子太郎を慕い別グループを形成、御陵衛士として生きる篠原泰之進が主人公。
なぜ、この人を選んだかというと司馬遼太郎の「新選組血風録」の最初に登場する人物だったから…と答えているので、この作品は尊敬する司馬遼太郎へのオマージュと見ることも出来ます。

新選組を題材にした小説は数多あるものの、この人物について書かれたものは僕は「新選組血風録」以外は知りません。
まぁ、近藤勇、土方歳三、沖田総司といった新選組の中心人物については、子母沢寛以来司馬遼太郎、池波正太郎など錚々たる作家が書き連ねてきたことだし。
そんな人物を選んだところも浅田次郎の新選組三部作「壬生義士伝」「輪違屋糸里」「一刀斎夢録」と共通するのかもしれませんね。
この小説の中でも「一刀斎」こと斉藤一がバイプレイヤーとして良い味を出しています。
どちらも、怒濤のような幕末を生き延びて篠原は明治44年、斉藤は大正4年まで天寿を全うしています。

最後の章で、煉瓦街の銀座で篠原が斉藤に巡り会い、別れた後のレストランで探し求めていた女性に邂逅するというエピソードが、幕末の怒濤の中で「鬼」と化さざるを得なかった男の魂を救ってくれる。ここら辺の後味の良さが、葉室麟ならではの爽やかさなんでしょうね。

「影踏み鬼」というのは、子供の遊びですが影を踏まれたら鬼になる…という暗喩。
主人公が恋に落ちた女性の子供との遊びを絡ませながら、勤王思想という純粋さを求めても、人を斬ったら「鬼」とならざるを得ない男の生涯を描いていく物語の伏線として活かされています。


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by dairoku126 | 2017-10-15 11:37 | | Comments(0)

『ストラディヴァリとグァルネリ』中野 雄

e0171821_13563573.jpgうちの奥さんが新聞で見つけて、面白そうだったので先に読んでしまいました。案の定、面白かった!
本の内容については、こちらを…。

著者の中野氏は、日本開発銀行からトリオ(今のJVCケンウッド)の役員を経て、音楽プロデューサーという異色の経歴の持ち主。
東大時代に大学オーケストラのコンサートマスターを務めたと本の中でもたびたび出て来るので、本人もヴァイオリンをアマチュアとしてはかなり弾ける方なんでしょう。
丸山眞男さんに師事したようですね。

それにしても、二人の巨匠が400年も前に作ったヴァイオリンが未だに現役の楽器として最高峰の位置に君臨し、いまや十数億円の高値で取引されるほど評価が落ちないというのは不思議というか、異常なことです。
この二人の”名器”というのは、それほど人類の”技”を超越したものだったのでしょうか?

とにかく、読んで行くほどにエピソードが無尽蔵に出て来る名器であることは、間違いない。
ヴァイオリン演奏家として名前をなした人で、どちらかの楽器を手にしなかった人は居ない!というほどに名器として継承されてきた。

面白かったエピソードとしては、ストラディヴァリを使っていたティボーがバカンス先で急に演奏会を開くことになり、イザーイに楽器を借りに行った時の話。
イザーイが常に演奏会で使っていたグァルネリを借りて試しに弾いてみたら情けないほど音が出ない、気の毒に思ったイザーイが予備のストラディヴァリを渡したら、今度は持ち主のイザーイが出したことが無いほど豊かな音量と音色で弾いたということです。
それほど、この二つの名器は人を選ぶ。

まだ、それほど手が届かない値段になるギリギリでストラディヴァリを手に入れた諏訪内晶子さんは、弾き込むほどにヴァイオリンが曲の解釈の新たな可能性を提示してくれるというほどポテンシャルが高い楽器という感想を持っています。
バブルの頃に企業がストラディヴァリを買って、若い演奏家に貸し与えていたのですが、バブル崩壊と共に売らねばならない事態になり、それを機に第一線から消えていった演奏家も居たとか。

演奏=演奏家の技量×楽器ということならば、自分の楽器のポテンシャル以上のことは表現できないのですから、どうしようもない。
毎年のように「ニスに秘密がある」とか、この楽器の秘密を解明したような記事が出ますが、その二人の楽器を超える楽器が400年間に一本も現れてないというのも事実。
まさに、神業としか思えません。




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by dairoku126 | 2017-10-13 15:04 | | Comments(0)

『全世界史Ⅰ&Ⅱ』出口治明

e0171821_09483600.jpgこの人の本は、これ以前に『仕事に効く教養としての「世界史」』を読んだのですが、抄訳のように簡潔にまとめていたので、より詳しいこちらを読んでみた。

僕がこの本を知ったのも、池上彰と佐藤優の対談で二人が絶賛していたから…。
ビジネスマンとして幅広い視野を持つ著者が、歴史に興味を持ったのは若い時に末席に連なっていた食事会で聴いたキッシンジャーの言葉「ある国を訪れるなら、その国の地理と歴史を学びなさい」。

それから、仕事の合間に歴史の本を読み漁り、気づいたのは日本史も世界史の一部だということ。
日本史と世界史が密接に結びついていないと「夜郎自大」な錯覚を起こしたり、視野狭窄に陥って太平洋戦争のようなバカげた戦争に踏み込んで行ってしまう。
メモを取りながら、読んで行きましたが今まで勘違いしていたことが多かった。やはり、断片として覚えてるばかりで全体の流れとして歴史を捉えて無かったんですね。

これを読んで行くと、習近平の膨張政策も歴史的に過去の栄光(鄭和の大航海時代)を取り戻そうという意識が働いているのが分かります。
我々が学校で習った世界史というのはヨーロッパ史観で書かれていたから、ポルトガルの大航海時代まで東洋の方がはるかに進んでいたことを忘れがちです。
そこに実は日本も絡んでいることが、別々の教科として学ばされていると分からない。

あらためて「目から鱗が落ちる」的な知的興奮を覚える一書です。
とても読みやすい本ですから、歴史に興味のある方は是非ご一読をお勧めします。


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by dairoku126 | 2017-10-03 13:39 | | Comments(0)