カテゴリ:本( 197 )

『キネマの神様』原田マハ

e0171821_10282078.jpg今年になってから原田マハの小説を片っ端から読んでいますが、これには参ったな。実に、上手い。
まぁ、彼女の本で「ハズレ」というのは、ほとんど無いのですがね。あらすじなどは、こちらを読んでください。

それにしても、なんでこんなに映画のことに詳しいのだろうと思ったら、片桐はいりの解説を読んで納得しました。片桐はいりは学生時代から足かけ7年間、銀座和光裏のシネスイッチ銀座という名画座(前身は銀座文化劇場)で「もぎり」のバイトをしていたそうですが、原田マハも学生時代に池袋文芸座で「もぎり」をやっていたとか。
同じ年の二人ですから「もぎり、もぎられ」の関係になっていたかもしれませんね。

いわゆる小さな名画座が、この小説のキーになるのですが、そんな小さな名画座というのが再開発や大手のシネコンの登場で消えていく。
僕らの頃は、ゴダールの見損ねた映画などは有楽町駅裏のゴミゴミしたところにあった名画座へいけば見ることが出来ました。仕事場が有楽町だったので仕事の合間にちょくちょく見に行きました。そう、映画を観るのは仕事の一部だったのです。

幸いにも、職場のあった有楽町ビルの2Fはスバル座。
ここは、アメリカン・ニューシネマをセレクトして上映していたりしたので、お昼ご飯を食べてから良く行きました。映画が終わって明るくなると、観客が全部シロクマ広告社の人間だったこともあります。(笑)
後にシロクマ・ホールディングスの会長にまで上り詰めたアートディレクターS氏も、昼の部サボり鑑賞の常連でした。で、知り合いを見つけては、直ぐ横にあった喫茶店に行って映画評を喋り合ったりしていたのですが、余裕のある時代だったんですね。
会社勤めをしてから夜に映画を見に行った記憶は、あまりない(笑)。

そんな昔のことを想い出しながら、読んで行きました。
ネット時代を踏まえて、日米の映画好き爺さんが激論をネット上で闘わせて行く展開は当初予期しなかったものの引き込まれる迫力があります。
匿名同士でかつての名画をポジティブにとらえるか、ネガティブに批評するかの闘い。
しかも、アメリカの「ローズ・バッド」というハンドルネームの人物がN.Y.タイムスの映画評で世界的に有名な人物だったとは…。

映画に対する熱い想いが、感じられる本でした。


[PR]
by dairoku126 | 2017-07-27 10:59 | | Comments(0)

『お〜い、丼』ちくま書房編集部編

e0171821_10545113.jpg題名の通りの「丼」アンソロジー
天丼、カツ丼、親子丼など種類ごとに古今のエッセイなどを集めたもの。読んでいるだけで、丼物が食べたくなりました。

「丼」という漢字そのものが日本で発明された文字だとか。井戸の中に石を落とした音を表象するために作られた文字なんですね。

この手の本は、好きなときにチョコッと読めて、直ぐに完結するから乗り物の中とか時間が少し空いたときには最適な読み物。
宮崎からの飛行機の中で読み始めました。

まぁ、全部が面白いエピソードなんですが、自分の経験も交えて読むともっと面白い。

「カツ丼」で語られるのは映画関係者の話。
撮影が長引いたときに、冷めても美味しく食べられるのは「カツ丼」だけだとか。
その冷めた「カツ丼」ばかり食べていたので、お店で「カツ丼」を頼んでも出来上がり直ぐに食べずに、しばらく冷ましてから掻っ込むという性癖が染みついてしまったという話には笑いました。
そういえば僕が駆け出しの頃にスタジオ撮影では、やたらと「カツ丼」が多かった。
わざわざ、「カツ丼」にしてくれという先輩も居ましたし。
30年くらい前からアメリカのスタイルを真似て、スタジオに「ケータリングサービス」(まぁ、仕出し屋さんのようなもの)が入って、いろいろな総菜が並んでバラエティ豊かな食事が摂れるようになりましたが…。

斎藤茂吉は「鰻丼」が大好きで、真珠湾攻撃のニュースを聞いて「これからは鰻が食べにくくなる」との想いで鰻の缶詰を大量に買い込んだとか。山形県の疎開先にも持って行ったものの、鰻は地元の川で獲れるので持って行った缶詰には手をつけなかったので戦後の食糧難の時代に重宝したなんて話も残るほど。鰻は和歌を詠むエネルギー源だったようで、最後まで鰻を詠った和歌を残しています。

まぁ、「丼物」というのは各自それぞれの思い入れが強いものだから、読む人によっていろいろな読み方が出来るアンソロジーです。

[PR]
by dairoku126 | 2017-07-21 11:31 | | Comments(0)

『心の羅針盤』

e0171821_09420707.jpg
昨年6月に天に召された叔父の遺稿が、一冊の本となり、叔母から送られてきました。
医者にして俳人、芝居を見たり、音楽やオーディオなど多趣味な叔父のインターン時代からの文章を読んでいると、何事にも真っ直ぐに生きてきた叔父の充実した人生に教えられることばかり。

旧制中学の時代に学徒動員で飛行機工場に行き、敗戦期の混乱を乗り越えて、医者として独り立ちしていく中で、高度成長期のせわしさに流されること無く、趣味を活かして他分野の人達と付き合い、己の人生を豊かに磨き上げた軌跡が綴られている。
まさに「心の羅針盤」になる言葉が並んでいました。

叔母が選んだ俳句も、春から始まり、冬で終わるという趣向で並べられており、感性の瑞々しさに溢れている。まさに、充実した人生だったことが伺えます。
いつもニコニコと笑顔を絶やさず、僕にとっては年齢的にも一番話しやすい叔父でした。
心安らかに、お眠りください。

[PR]
by dairoku126 | 2017-07-20 10:09 | | Comments(0)

『荒神』宮部みゆき

e0171821_11072338.jpg

宮部みゆきの時代物といえば『本所深川ふしぎ草子』とか『三島屋変調百物語』シリーズのように人智の及ばない事柄を描いたものが多いのですが、この『荒神』はさらに異色な色合いが強い物語。

「時は元禄、東北の小藩の山村が、一夜にして壊滅した。隣り合い、いがみ合う二藩の思惑が交錯する地で起きた厄災。永津野藩主の側近を務める曽谷弾正の妹・朱音は、村から逃げ延びた少年を助けるが、語られた真相は想像を絶するものだった…。太平の世にあっても常に争いの火種を抱える人びと。その人間が生み出した「悪」に対し、民草はいかに立ち向かうのか。」と本の紹介にあるように”物の怪”というには、あまりにも凄まじい怪物の出現に読んでいて怖くなるほど…。

それでも、止められない、止まらないのが宮部みゆきの筆力なんですけど。

この本が世に出たのは2014年8月。
読みながら”荒神”というのは”原発”の暗喩ではないか?と思い始めました。いがみ合う二藩の成り立ちをいえば、関ヶ原の功績を認められて支藩として独立を許された藩と親藩という関係。未だに親藩の方は、併合を目論んでいる。
そんな力関係の中で、小さな藩が親藩に対抗すべく呪法などを駆使して、二藩の間にある中立地である「神の山」に眠らせた”怪物”が目覚めてしまうばかりか、コントロールが効かない状態になってしまう。
これって、東日本大震災の福島第一原発の事故とかぶりませんか?
人間の欲望が生み出した「悪」がコントロールが効かない状態になったらどうなるか、ということを描いているとしか思えない。しかも、舞台は東北だし。

それでも、「人間の優しさ」や「人を想う気持ち」が、なんとか収束に導いていくという救いはありますが…。読み終わった後にも、不思議な余韻が漂う物語です。

[PR]
by dairoku126 | 2017-07-14 11:41 | | Comments(0)

『昭和史の10大事件』半藤一利、宮部みゆき

e0171821_10553023.jpg”歴史探偵”半藤一利と作家・宮部みゆきが選んだ「昭和史の10大事件」。この二人は、高校の先輩・後輩にあたるとか!
この二人が、対談形式で昭和の歴史を紐解いて行く。

それぞれが選んで持ち寄った”10大事件”のセレクションを見ていると「いかにも!」という感じで面白い。
東大ボート部に所属していた半藤一利が、オリンピック代表選考レースで慶應に30cmの差で敗れた敗戦後初のヘルシンキ・オリンピックを語るなど”昭和史”の生き証人として自分史を織り交ぜながらの対談ですから、現実味が膨らむ。
僕が、この二人のちょうど中間の世代ですから、子供の頃のこととして朧気に覚えていることもあります。

二人が選んだ10大事件とは…
1.昭和金融恐慌、2.二・二六事件、3.大政翼賛会と三国同盟、4.東京裁判と戦後改革、5.憲法第9条、6.日本初のヌードショー、7.金閣寺消失とヘルシンキ・オリンピック挑戦、8.第五福竜丸と『ゴジラ』、9.高度成長と事件ー公害問題・安保騒動・新幹線開業、10.東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(宮崎勤事件)というラインナップ。

憲法第9条の文言が第一次大戦後にパリで結ばれた戦争放棄に関する「不戦条約=ケロッグ・ブリアン協定」第一条の文言を取り入れたものであり、改憲論者の言うような「アメリカによる押しつけ」などでは無いことを論証していきます。
宮部みゆきが提示した「金閣寺消失」事件は、三島由紀夫・水上勉が小説として書いていますが、やはり作家として捨てて置けない題材なのでしょうね。
「アプレゲール」という言葉も、この事件の後から使われ出したようです。

まぁ、とにかく「昭和」という長く、また価値観の大転換を含む時代を「10大事件」に象徴される事柄により理解するには格好の良書です。




[PR]
by dairoku126 | 2017-06-30 11:30 | | Comments(0)

『楽園への道』マリオ・バルガス=リョサ

e0171821_14363841.jpg2010年にノーベル文学賞を受賞したリョサが、2006年に書いた伝記小説です。主人公は、19世紀に女性解放運動を始めたフローラ・トリスタンと画家のポール・ゴーギャン。
この二人は、祖母と孫という関係。
どちらも、その当時の社会を支配していた既成概念と格闘し、もがき苦しみながら新しい社会や芸術を作り出した”格闘家”であったことを描いて居ます。DNAって、怖いな…と思わせる本でした。

ゴーギャンといえば、すぐに浮かぶのはサマセット・モームの『月と6ペンス』ですが、この本に描かれたゴーギャンはさらに野獣のような印象です。元株式仲買人という設定は、同じですが…。

南米の作家の本を読むのは初めてでしたが、いやぁ読み応えがあった。
文庫本といえども、細かい活字で22章、636ページ。
奇数章はフローラ・トリスタンが労働組合結成のためフランス各地を遊説して回った最後の7ヶ月間の活動とそこに挿入される子供時代からのエピソードを、偶数章はゴーギャンのタヒチからマルキーズ諸島での最後の生活を描いて居ます。
こちらも回想が挿入されて行くのは同じ。
この二人に共通する”血の熱さ”というのは、南米の気質なのでしょうか?

フローラ・トリスタンはペルー系スペイン帰属の父とフランス女性の間に生まれた女性です。幼少時代にパリで豪華な生活を送っていたのが、父を亡くした途端に貧窮して15歳で勤務先の皮革染工場の主に”買われる”ように妻とさせられ、数人の子供を産んだ後に夫の元を逃げ出し、ペルーの一族のもとに行きますが、認知されてないといして父の遺産請求を拒否され、社会運動に目覚めた女性です。

彼女が「労働者の権利」という本を書いたのが、マルクス=エンゲルスによる「共産党宣言」が出される4年前。ヨーロッパ中を歩き回り、労働組合の結成と女性の権利の確立を啓蒙して回ったというのですから、かなり進んだ女性だったのですね。
「スカートを履いた扇動者」と呼ばれたらしい。

サン=シモン主義とかフーリエの影響から出発して、空想的社会主義に満足すること無く”地に足をつけて”労働者が団結することを説いたのは貧窮生活の経験をしていたからかもしれません。
題名にある「楽園」というのは、ユートピアを追い求めた二人の心のなかにあった理想なのかも…。

スペイン語の原題は「次に角の楽園(天国)」という意味で、文中でもしばしば現れる子供の遊び<楽園遊び>から取られている。
正方形に並んだ子供たちの外に居る目隠しされた鬼が正方形に戻るために「ここは楽園ですか?」と尋ねると、子供たちが「いいえ、楽園は次の角ですよ」と答えるという遊びらしい。

面白かったけど、この人の本はすべて大部らしいので、次の作品を読むにも体力のある時で無いと…。

[PR]
by dairoku126 | 2017-06-14 15:40 | | Comments(0)

『緋の天空』葉室麟

e0171821_11295585.jpg精力的に新しい作品を次々に発表している葉室麟ですが、まさか藤原不比等の娘・光明子を題材に取り上げるとは思わなかった。
しかも、解説が諸田玲子とくれば迷うこと無く手に取りました。

葉室麟の描く時代は、戦国から江戸時代、幕末あたりが主で、それ以外の時代を取り上げたのは平安期の『刀伊入冠』と鎌倉時代の『実朝の首』くらいでしょう。
藤原不比等といえば、梅原猛を猛烈に読んでいた頃から馴染みの名前。持統天皇の治世から頭角を顕し、古事記の編纂で律令国家のイデオロギーを固め、娘を天皇に嫁がせて外戚として国政に威を振るった大政治家です。
そして、光り輝くように美しかったから「光明子」と名付けられた娘は聖武天皇の妻として皇族以外で初めて皇后の位に上った人物。東大寺の大仏建立にも深く関わった女性です。

なぜいま、光明子の話を書くことになったのかは分かりませんが、この時代は持統天皇から始まる次々に女性天皇が即位していった時代。小泉政権の時に議論されかかった「女性天皇」や女性宮家の創設などが日本会議寄りの安倍政権になってから議論さえされなくなった時代に、あえて女帝の物語を書いたことに意図があったのかもしれませんね。
これほど民のことを思い、必死に民衆に寄り添った政治を心がけた女性天皇の「覚悟」を書きたかったのかもしれません。

葉室麟の描く女性が魅力的なのは、凜として自分の意思を貫いて行く姿にある。
誰かを思い、愛おしむ気持ちを自分の幸せとして逆境にあっても失うことなく貫いて行く。
そういえば、解説の諸田玲子の描く女性もそうだったよな…と思いつつ読み終えてしまいました。


[PR]
by dairoku126 | 2017-05-26 12:43 | | Comments(0)

『陰翳礼賛』谷崎潤一郎

e0171821_12494606.jpg本の題名は、もちろん知っていたけど読むのは初めて。
昭和8年に書かれたということを知らずに読むと、何を言ってるんだか…?と思うでしょうね。
昭和30年代以降に生まれた人は、想像すら覚束ないのでは。
何しろ83年も前に書かれたものですから…。
まだ、江戸の名残が社会に残っている頃ですからね。

谷崎潤一郎の美学というものが、良く分かりますね。
確かに、日本伝統の「美」というものは、西洋のそれと違い「陰翳」というものが大きく影響するのでしょう。

思わず”納得!”と思ったのが歌舞伎の衣装の派手やかなことと、女形のどうしようも無さ。
電灯が発明される前のライティングを元に計算された衣装や女形という役割は、バカ明るい現在の舞台の上では軽薄なものに見えてしまうのですよね。外国人は、あの派手さが好きなようですけど…。
それと漆器や蒔絵も、暗い中に置くと映えるというのも分かります。

僕らのように戦後間もない生まれだと、子供の頃に「闇」というものを経験しています。
確かに街頭も電球だったけど、電柱の下に丸い光を生むだけ。周りには「闇」が広がっていました。だから、月光の明るさというのも知っています。
この月光の明るさは、70年代初期までは田舎に行けば味わえた。

初めて新島に行った1968年の時などは、満月の夜に松林を抜けて海岸に行くと、松の陰が道にクッキリと印されていたり、まったく照明の無い砂浜で人の顔がクッキリ見えたもんね。伊豆の白浜に波乗りをしに行くときも、満月の深夜に伊豆半島の照明の無い道を走っているときはヘッドライトに頼らなくても見えるほど、月の光の明るさというものは明るかった。

僕もどちらかというと照明は、薄暗い方が好きです。
この「陰翳礼賛」以外にも「恋愛及び色情」、「客ぎらい」など6篇が納められているけど「厠のいろいろ」が実に面白かった。これまた、水洗の洋式便所しか知らない人には想像も出来ない世界でしょうね。
吉行淳之介の<解説>も、素晴らしい。



[PR]
by dairoku126 | 2017-05-17 13:26 | | Comments(0)

『太陽の棘』原田マハ

e0171821_10132121.jpg相変わらず、原田マハに嵌まっております。
その中でも、この『太陽の棘』は、素晴らしい作品です。

米軍の統治下に置かれた1948年の沖縄。
沖縄戦で荒廃した故郷に東京美術学校出身の画家たちが集い、ニシムイ美術村を作った。
沖縄駐留軍の精神科医が彼らと出会い、アートを媒介に交流を深めていくエピソードを中心に、戦後の沖縄を描いている。

原田マハ自身が語っているように、まさに「奇跡の出会い」に突き動かされて書いたエネルギーが感じられます。

彼女がキュレーターという経歴・知識を活かして書いた「楽園のキャンバス」「ジヴェルニーの食卓」は、まだ構想すら出来てない時に書かれた話。

物語の中では「エド」という名で登場する精神科医・スタンレー・スタインバーグ博士から資料提供と話を聞いたこと、また彼の集めたニシムイ・コレクションが沖縄に里帰りして展示されたことは素晴らしいこと。ちなみに、表紙として使われている肖像はスタインバーグ博士を玉那覇正吉が1948年に描いたもの。

原田マハのデビュー作「カフーを待ちわびて」も沖縄が舞台ですし、派遣社員が社内新規プロジェクトに応募して沖縄産のラムを製造する会社の社長になるという実話を下敷きにした「風のマジム」も沖縄ならではのもの。
佐藤優が「解説」で述べているように、日本人(本土人)が沖縄のことを書くのは難しいことですが、踏みそうな地雷を巧みに避けている。

沖縄には仕事で2回ほど行きましたが、その時は仕事に追われて何も見ていない。
この本を読んで、「奇跡の出会い」がもたらした作品群を観に行きたいと思いました。

[PR]
by dairoku126 | 2017-05-13 10:58 | | Comments(0)

最近、読んだ本。

e0171821_11194603.jpg今日は、雨。
本を読むことは毎日欠かさないのですが、やはり読書傾向が偏ってしまうきらいがある。そんな中、普段とは違う本を読んだので…。

出口治明という名前は、佐藤優と池上彰の対談で知ったのだと思いますが(定かではないけど)、いつか読まねばと思っていました。
「全世界史」(上下巻)を読む前に、まずはどんなもんかと読んでみました。別に「仕事」に効かなくても良いんだけど。
出口さんが歴史に目覚めたのは、若い頃に上司のお供でキッシンジャーと会った時に「世界を相手に仕事をするには、その国の歴史と地理を学びなさい」と言われたからとか。
ビジネス・パーソンがグローバルな視点に立って仕事をする上で、歴史は欠かせない教養のひとつ。

学校で習う日本史・世界史とは違い相互の関連が非常に良く分かる。
特にIS以来注目されているキリスト教とイスラム教の関係や、ユーロ圏のこと、日本と中国を含めたアジア圏と西洋との関連など、グローバルな視点から書かれているので”日本独自の歴史”なんてものはあり得ないことまで分かってしまう。
”鎖国”した江戸時代といえども、世界の列強からの影響を免れていない。

目から鱗だったのは、シルクロードの交易というのは当時では一番交易量が少なかったこと。やはり海上輸送が一番多く、続いては蒙古から黒海へと続くステップ地帯での交易。
遊牧民が拓いた道は、確かにユーラシア大陸の東西をラクに移動出来る道だったのですね。
とても、面白い本でした。今度は「全世界史」を読んでみよう。

e0171821_11550226.jpgこちらは、娘の旦那からプレゼントされた本。
スヌーピーの生みの親・シュルツさんの生い立ちからスヌーピー誕生にいたるまでの話など「AからZ」に項目別に書かれている。
谷川俊太郎さんが「まえがき」にも書いていますが、この物語の素晴らしさは『偉大なマンネリズム』。
チャーリー・ブラウンを始めとする登場人物が、毎日毎日喜怒哀楽を繰り返しながら生きていることは、私たちの生活そのもの。
言葉や文化を超えて誰もが共感できる「世界」を創り上げたから、いつまで経っても鮮度を保っているのでしょう。

僕がスヌーピーを知ったのは、1965年のこと。友達が夏休みにアメリカにホームステイに行き、お土産でコミック本を貰ったのが出会いでした。
谷川さんが翻訳を始めた1967年よりも早いのです、エヘン!
キャラクター関係の仕事をしていた父に「日本でまだ見たことがないから」と勧めたのを覚えています。まさか、僕自身が会社生活の最後に再び関わるとは思ってもいなかった。

当時は、『Peanuts』を買おうと思ったら、有楽町のアメリカンファーマシーか原宿のコーポオリンピアに行くしかなかった。田舎の高校生には、敷居が高い場所でしたがTVドラマでしか見たことが無いような商品が置いてある”アメリカの匂い”に溢れた店でした。
わずか50年前でも、それほど当時の日本の生活はアメリカとはかけ離れたレベルだったんですよね。今となっては想い出の中にだけある、懐かしい場所です。


[PR]
by dairoku126 | 2017-05-10 12:59 | | Comments(0)