カテゴリ:本( 201 )

『死を語る』佐藤優、中村うさぎ

e0171821_09240675.jpg8月の疲れを癒やそうと、9月のはじめはおとなしくしています。
ということで、本屋で見かけた「死を語る」から…。
まぁ、僕の周囲でも同年齢の突然の「死」もあったし。

この二人は以前にも聖書について対談をしていて、その対談が実に面白かったから、この組み合わせと表題を見て直ぐに購入。
まぁ、面白かった。
実は、この対談「男と女」というテーマで行うことが決まっていたらしいんですが、その前に中村うさぎが心肺停止など臨死体験をしたことから、このテーマに急遽変更になったとか。

自らの臨死体験を語ることから始まり、三島由紀夫の死やオランダの安楽死など「死」をキーワードに語り合われている。
その中には、佐藤優の鈴木宗男事件に連座して逮捕されてからの「社会的な死」ということも含まれているのですが…。
一見関係なさそうな小保方晴子の話とか、ノリピーの話なども実に面白い。
もちろん、キリスト教的な「memento mori(死を想え)」ということも語られていきます。
いろいろと考えさせられる本でした。詳しい内容は、こちらを見てください。

e0171821_09240918.jpgついでに、ペットの介護から死までを書いた本も紹介。
直前に書いた「小説 星守る犬」も切なくて良かったけど、これはペット問題を取り上げた本。
主人公の藍は、仕事バリバリのファッション雑誌の編集者。
企画の下調べで訪れたペットショップでゴールデンのリラと出会う。取材を終えて店を出た藍を追いかけてきた店員に、「あの子育ちすぎて、明日にも殺処分されちゃうんです。貰って貰えませんか?」と言われ飼い始めることに…。
大型犬を飼うために恋人と共に調布の一軒家に引っ越し、時間に追われる雑誌編集社としては遠方から通うという不利を抱えて「仕事人間」の藍は日々翻弄されて行く中で大切なものを見失っていく。
読んでいて「それは無いだろう!」と憤る部分もあるし…。

恋人に去られ、リラとの生活に負担を感じ始めた時に愛犬がガンに…。リラとの闘病生活を通して「本当に大切なもの」に目覚めていく藍の姿が描かれていく。
最後の方は、涙無しでは読めませんでした。
ウェンディとの闘病生活と、ダブってしまった。

愛犬とのラブ・ストーリーの体裁ですが、実はあちこちに日本のペット問題が描かれています。冒頭の殺処分も含め、犬を飼う責任や獣医の問題などをさりげなく抉っている。
絶版になっているようで、Amazonの古書から買いました。
台湾で映画化されたようですね。


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by dairoku126 | 2017-09-06 10:23 | | Comments(0)

『小説 星守る犬』原田マハ、村上たかし

e0171821_14415929.jpg村上たかしのコミックを原田マハが小説化した作品。

「山中で発見された車の中に、1年前の白骨死体とそれに寄り添うように3ヶ月前の犬の白骨死体」という電光掲示板に流れたニュースを見て、村上たかしは原案を思いついたとか。実話なんですね。

僕はコミックを読んではいません。
さらに、西田敏行主演で映画になっていたとか。

タイトルの『星守る犬』は、「犬がもの欲しそうに星を見続けている姿から、手に入らないものを求める人のことを指す」という意味という言葉だと文中で語られるのですが、これは村上たかしの創作だと思います。
まぁ、言われてみればなるほどという感じですね。

原田マハがコミックを読み終えて、直ぐに小説化を願い出たというだけあって、この小説は短いけど沢山のものが詰まっています。
しかも、犬好きには堪らないような犬と飼い主の関係性のディテールが積み上げられて行く文章を読み進めて行くと切なかったり、ほのぼのとしたりと心が揺すぶられて行く。
この物語を読む人は、かつて大好きだった自分の愛犬の姿を投影しながら読んでいるのではないでしょうか? 僕は、膝に乗せられたウェンディの顎の温もりを感じてしまいました。

仕事も失い、家族も失った男にそっと寄り添う犬の姿。
それでも、最後の数ヶ月は喜びに満ちたものだったんだろうなと思わせてくれます。

これ、映画で見たら号泣しちゃうかも?

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by dairoku126 | 2017-09-02 15:25 | | Comments(0)

『ざんねんないきもの事典』

e0171821_09343192.jpg妻が書評で気になった本があるというので、本屋さんで探しましたが見つからない。店内の検索PCで探したら、子供の本のところにありました。大人の本のところで探しても見つからないわけだ。

『「ざんねんないきもの」とは一生けんめいなのに、どこかざんねんないきものたちのことである。』と規定されているように、進化の過程で「?」な能力を身につけてしまった動物たちのことが平易な言葉で書いてある。
これが、結構読んで行くと面白いのです。

ざっと、上げてみても…
・メガネザルは、目玉が大きすぎて動かせない。
・ニホンザルはお尻が赤ければ赤いほどモテる。
・ウナギの体が黒いのは、ただの日焼け。
・カツオは興奮するとシマシマの向きが変わる。
・ワニが口を開く力はおじいちゃんの握力に負ける。(噛みつく力は口全体で小型トラックくらいの重さをかけられるのに…)
などなど「いきもの」に関してのトリヴィア満載です。

続編も出ていて、現在続編の方を楽しんでいます。

こちらには…
・ラッコはお気に入りの石をなくすと、ごはんが食べられなくなる。
・トナカイのオスの角はクリスマスまでもたない。
・トラは笑っちゃうほど狩りがヘタ。
などなど面白そうなタイトルが並んでいます。
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そういえば、日曜日に川崎ミューザに行った時に丸善で見かけたら店頭に山積みになっていました。こんな本が子供時代にあったら、もう少し動物に興味を持っていたかもしれない?
ざんねんなことです。

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by dairoku126 | 2017-08-18 09:58 | | Comments(0)

『合戦の日本史』、『「司馬遼太郎」に学ぶ日本史』

e0171821_15593443.pngどちらの本も、有隣堂の新刊書の棚で見つけ、立て続けに読んだのですが、どちらも面白かった。

合戦の日本史』は、当代きっての歴史小説作家が語り合う形式。
桶狭間の織田信長から豊臣秀吉、徳川家康の三英傑、幕末の西郷隆盛までをそれぞれが読み込んだ資料を基に人物像を浮き上がらせて行くさまが興味深く、それぞれの人物解釈が面白い。
残念なことに、最初の対談後に山本兼一が鬼籍に入ってしまった。

信長、秀吉、家康の3人については、かなりイメージが出来上がった人物なのですが、その常識に囚われずに時代背景や経済的な政策まで含めて語り合ううちに「なるほど!」という像を浮かび上がらせてしまうのは、流石です。まぁ、作家というのはそれだけオリジナリティが求められるからなのでしょうけど…。

e0171821_16194167.png磯田道史『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』は、歴史学者が語ろうとしなかった歴史作家・司馬遼太郎へのオマージュともいう著作。
序章の中で、司馬遼太郎はただの歴史小説家ではなく、「歴史をつくる歴史家」と規定しています。
引用すると『歴史というのは、強い浸透力を持つ文章と内容で書かれると、読んだ人間を動かし、次の時代の歴史に影響を及ぼします。それを出来る人が「歴史をつくる歴史家」です』という意味。
日本史上では、「太平記」の小島法師、頼山陽、徳富蘇峰、そして司馬遼太郎しか居ないと…。

そして、「司馬史観」というものに対しては、司馬遼太郎は「大局的な視点、世の中に与えた影響という点から、可能な限り単純化して人物評価していることを理解しなくてはなりません。司馬作品を読むときには、一定の約束事、言わば「司馬リテラシー」が必要…」と解き明かす。
まぁ、「龍馬史」でも同じようなこと書いていましたが…。

単なる作家論というよりは「日本の歴史の流れを見つめてきた」歴史学者が、司馬遼太郎へのオマージュに仮託して綴った現在の日本の状況への「警告の書」とも言えるのかも。

どちらも、読んで損はありませんよ。


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by dairoku126 | 2017-08-12 16:52 | | Comments(0)

『キネマの神様』原田マハ

e0171821_10282078.jpg今年になってから原田マハの小説を片っ端から読んでいますが、これには参ったな。実に、上手い。
まぁ、彼女の本で「ハズレ」というのは、ほとんど無いのですがね。あらすじなどは、こちらを読んでください。

それにしても、なんでこんなに映画のことに詳しいのだろうと思ったら、片桐はいりの解説を読んで納得しました。片桐はいりは学生時代から足かけ7年間、銀座和光裏のシネスイッチ銀座という名画座(前身は銀座文化劇場)で「もぎり」のバイトをしていたそうですが、原田マハも学生時代に池袋文芸座で「もぎり」をやっていたとか。
同じ年の二人ですから「もぎり、もぎられ」の関係になっていたかもしれませんね。

いわゆる小さな名画座が、この小説のキーになるのですが、そんな小さな名画座というのが再開発や大手のシネコンの登場で消えていく。
僕らの頃は、ゴダールの見損ねた映画などは有楽町駅裏のゴミゴミしたところにあった名画座へいけば見ることが出来ました。仕事場が有楽町だったので仕事の合間にちょくちょく見に行きました。そう、映画を観るのは仕事の一部だったのです。

幸いにも、職場のあった有楽町ビルの2Fはスバル座。
ここは、アメリカン・ニューシネマをセレクトして上映していたりしたので、お昼ご飯を食べてから良く行きました。映画が終わって明るくなると、観客が全部シロクマ広告社の人間だったこともあります。(笑)
後にシロクマ・ホールディングスの会長にまで上り詰めたアートディレクターS氏も、昼の部サボり鑑賞の常連でした。で、知り合いを見つけては、直ぐ横にあった喫茶店に行って映画評を喋り合ったりしていたのですが、余裕のある時代だったんですね。
会社勤めをしてから夜に映画を見に行った記憶は、あまりない(笑)。

そんな昔のことを想い出しながら、読んで行きました。
ネット時代を踏まえて、日米の映画好き爺さんが激論をネット上で闘わせて行く展開は当初予期しなかったものの引き込まれる迫力があります。
匿名同士でかつての名画をポジティブにとらえるか、ネガティブに批評するかの闘い。
しかも、アメリカの「ローズ・バッド」というハンドルネームの人物がN.Y.タイムスの映画評で世界的に有名な人物だったとは…。

映画に対する熱い想いが、感じられる本でした。


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by dairoku126 | 2017-07-27 10:59 | | Comments(0)

『お〜い、丼』ちくま書房編集部編

e0171821_10545113.jpg題名の通りの「丼」アンソロジー
天丼、カツ丼、親子丼など種類ごとに古今のエッセイなどを集めたもの。読んでいるだけで、丼物が食べたくなりました。

「丼」という漢字そのものが日本で発明された文字だとか。井戸の中に石を落とした音を表象するために作られた文字なんですね。

この手の本は、好きなときにチョコッと読めて、直ぐに完結するから乗り物の中とか時間が少し空いたときには最適な読み物。
宮崎からの飛行機の中で読み始めました。

まぁ、全部が面白いエピソードなんですが、自分の経験も交えて読むともっと面白い。

「カツ丼」で語られるのは映画関係者の話。
撮影が長引いたときに、冷めても美味しく食べられるのは「カツ丼」だけだとか。
その冷めた「カツ丼」ばかり食べていたので、お店で「カツ丼」を頼んでも出来上がり直ぐに食べずに、しばらく冷ましてから掻っ込むという性癖が染みついてしまったという話には笑いました。
そういえば僕が駆け出しの頃にスタジオ撮影では、やたらと「カツ丼」が多かった。
わざわざ、「カツ丼」にしてくれという先輩も居ましたし。
30年くらい前からアメリカのスタイルを真似て、スタジオに「ケータリングサービス」(まぁ、仕出し屋さんのようなもの)が入って、いろいろな総菜が並んでバラエティ豊かな食事が摂れるようになりましたが…。

斎藤茂吉は「鰻丼」が大好きで、真珠湾攻撃のニュースを聞いて「これからは鰻が食べにくくなる」との想いで鰻の缶詰を大量に買い込んだとか。山形県の疎開先にも持って行ったものの、鰻は地元の川で獲れるので持って行った缶詰には手をつけなかったので戦後の食糧難の時代に重宝したなんて話も残るほど。鰻は和歌を詠むエネルギー源だったようで、最後まで鰻を詠った和歌を残しています。

まぁ、「丼物」というのは各自それぞれの思い入れが強いものだから、読む人によっていろいろな読み方が出来るアンソロジーです。

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by dairoku126 | 2017-07-21 11:31 | | Comments(0)

『心の羅針盤』

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昨年6月に天に召された叔父の遺稿が、一冊の本となり、叔母から送られてきました。
医者にして俳人、芝居を見たり、音楽やオーディオなど多趣味な叔父のインターン時代からの文章を読んでいると、何事にも真っ直ぐに生きてきた叔父の充実した人生に教えられることばかり。

旧制中学の時代に学徒動員で飛行機工場に行き、敗戦期の混乱を乗り越えて、医者として独り立ちしていく中で、高度成長期のせわしさに流されること無く、趣味を活かして他分野の人達と付き合い、己の人生を豊かに磨き上げた軌跡が綴られている。
まさに「心の羅針盤」になる言葉が並んでいました。

叔母が選んだ俳句も、春から始まり、冬で終わるという趣向で並べられており、感性の瑞々しさに溢れている。まさに、充実した人生だったことが伺えます。
いつもニコニコと笑顔を絶やさず、僕にとっては年齢的にも一番話しやすい叔父でした。
心安らかに、お眠りください。

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by dairoku126 | 2017-07-20 10:09 | | Comments(0)

『荒神』宮部みゆき

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宮部みゆきの時代物といえば『本所深川ふしぎ草子』とか『三島屋変調百物語』シリーズのように人智の及ばない事柄を描いたものが多いのですが、この『荒神』はさらに異色な色合いが強い物語。

「時は元禄、東北の小藩の山村が、一夜にして壊滅した。隣り合い、いがみ合う二藩の思惑が交錯する地で起きた厄災。永津野藩主の側近を務める曽谷弾正の妹・朱音は、村から逃げ延びた少年を助けるが、語られた真相は想像を絶するものだった…。太平の世にあっても常に争いの火種を抱える人びと。その人間が生み出した「悪」に対し、民草はいかに立ち向かうのか。」と本の紹介にあるように”物の怪”というには、あまりにも凄まじい怪物の出現に読んでいて怖くなるほど…。

それでも、止められない、止まらないのが宮部みゆきの筆力なんですけど。

この本が世に出たのは2014年8月。
読みながら”荒神”というのは”原発”の暗喩ではないか?と思い始めました。いがみ合う二藩の成り立ちをいえば、関ヶ原の功績を認められて支藩として独立を許された藩と親藩という関係。未だに親藩の方は、併合を目論んでいる。
そんな力関係の中で、小さな藩が親藩に対抗すべく呪法などを駆使して、二藩の間にある中立地である「神の山」に眠らせた”怪物”が目覚めてしまうばかりか、コントロールが効かない状態になってしまう。
これって、東日本大震災の福島第一原発の事故とかぶりませんか?
人間の欲望が生み出した「悪」がコントロールが効かない状態になったらどうなるか、ということを描いているとしか思えない。しかも、舞台は東北だし。

それでも、「人間の優しさ」や「人を想う気持ち」が、なんとか収束に導いていくという救いはありますが…。読み終わった後にも、不思議な余韻が漂う物語です。

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by dairoku126 | 2017-07-14 11:41 | | Comments(0)

『昭和史の10大事件』半藤一利、宮部みゆき

e0171821_10553023.jpg”歴史探偵”半藤一利と作家・宮部みゆきが選んだ「昭和史の10大事件」。この二人は、高校の先輩・後輩にあたるとか!
この二人が、対談形式で昭和の歴史を紐解いて行く。

それぞれが選んで持ち寄った”10大事件”のセレクションを見ていると「いかにも!」という感じで面白い。
東大ボート部に所属していた半藤一利が、オリンピック代表選考レースで慶應に30cmの差で敗れた敗戦後初のヘルシンキ・オリンピックを語るなど”昭和史”の生き証人として自分史を織り交ぜながらの対談ですから、現実味が膨らむ。
僕が、この二人のちょうど中間の世代ですから、子供の頃のこととして朧気に覚えていることもあります。

二人が選んだ10大事件とは…
1.昭和金融恐慌、2.二・二六事件、3.大政翼賛会と三国同盟、4.東京裁判と戦後改革、5.憲法第9条、6.日本初のヌードショー、7.金閣寺消失とヘルシンキ・オリンピック挑戦、8.第五福竜丸と『ゴジラ』、9.高度成長と事件ー公害問題・安保騒動・新幹線開業、10.東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(宮崎勤事件)というラインナップ。

憲法第9条の文言が第一次大戦後にパリで結ばれた戦争放棄に関する「不戦条約=ケロッグ・ブリアン協定」第一条の文言を取り入れたものであり、改憲論者の言うような「アメリカによる押しつけ」などでは無いことを論証していきます。
宮部みゆきが提示した「金閣寺消失」事件は、三島由紀夫・水上勉が小説として書いていますが、やはり作家として捨てて置けない題材なのでしょうね。
「アプレゲール」という言葉も、この事件の後から使われ出したようです。

まぁ、とにかく「昭和」という長く、また価値観の大転換を含む時代を「10大事件」に象徴される事柄により理解するには格好の良書です。




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by dairoku126 | 2017-06-30 11:30 | | Comments(0)

『楽園への道』マリオ・バルガス=リョサ

e0171821_14363841.jpg2010年にノーベル文学賞を受賞したリョサが、2006年に書いた伝記小説です。主人公は、19世紀に女性解放運動を始めたフローラ・トリスタンと画家のポール・ゴーギャン。
この二人は、祖母と孫という関係。
どちらも、その当時の社会を支配していた既成概念と格闘し、もがき苦しみながら新しい社会や芸術を作り出した”格闘家”であったことを描いて居ます。DNAって、怖いな…と思わせる本でした。

ゴーギャンといえば、すぐに浮かぶのはサマセット・モームの『月と6ペンス』ですが、この本に描かれたゴーギャンはさらに野獣のような印象です。元株式仲買人という設定は、同じですが…。

南米の作家の本を読むのは初めてでしたが、いやぁ読み応えがあった。
文庫本といえども、細かい活字で22章、636ページ。
奇数章はフローラ・トリスタンが労働組合結成のためフランス各地を遊説して回った最後の7ヶ月間の活動とそこに挿入される子供時代からのエピソードを、偶数章はゴーギャンのタヒチからマルキーズ諸島での最後の生活を描いて居ます。
こちらも回想が挿入されて行くのは同じ。
この二人に共通する”血の熱さ”というのは、南米の気質なのでしょうか?

フローラ・トリスタンはペルー系スペイン帰属の父とフランス女性の間に生まれた女性です。幼少時代にパリで豪華な生活を送っていたのが、父を亡くした途端に貧窮して15歳で勤務先の皮革染工場の主に”買われる”ように妻とさせられ、数人の子供を産んだ後に夫の元を逃げ出し、ペルーの一族のもとに行きますが、認知されてないといして父の遺産請求を拒否され、社会運動に目覚めた女性です。

彼女が「労働者の権利」という本を書いたのが、マルクス=エンゲルスによる「共産党宣言」が出される4年前。ヨーロッパ中を歩き回り、労働組合の結成と女性の権利の確立を啓蒙して回ったというのですから、かなり進んだ女性だったのですね。
「スカートを履いた扇動者」と呼ばれたらしい。

サン=シモン主義とかフーリエの影響から出発して、空想的社会主義に満足すること無く”地に足をつけて”労働者が団結することを説いたのは貧窮生活の経験をしていたからかもしれません。
題名にある「楽園」というのは、ユートピアを追い求めた二人の心のなかにあった理想なのかも…。

スペイン語の原題は「次に角の楽園(天国)」という意味で、文中でもしばしば現れる子供の遊び<楽園遊び>から取られている。
正方形に並んだ子供たちの外に居る目隠しされた鬼が正方形に戻るために「ここは楽園ですか?」と尋ねると、子供たちが「いいえ、楽園は次の角ですよ」と答えるという遊びらしい。

面白かったけど、この人の本はすべて大部らしいので、次の作品を読むにも体力のある時で無いと…。

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by dairoku126 | 2017-06-14 15:40 | | Comments(0)