カテゴリ:本( 192 )

『楽園への道』マリオ・バルガス=リョサ

e0171821_14363841.jpg2010年にノーベル文学賞を受賞したリョサが、2006年に書いた伝記小説です。主人公は、19世紀に女性解放運動を始めたフローラ・トリスタンと画家のポール・ゴーギャン。
この二人は、祖母と孫という関係。
どちらも、その当時の社会を支配していた既成概念と格闘し、もがき苦しみながら新しい社会や芸術を作り出した”格闘家”であったことを描いて居ます。DNAって、怖いな…と思わせる本でした。

ゴーギャンといえば、すぐに浮かぶのはサマセット・モームの『月と6ペンス』ですが、この本に描かれたゴーギャンはさらに野獣のような印象です。元株式仲買人という設定は、同じですが…。

南米の作家の本を読むのは初めてでしたが、いやぁ読み応えがあった。
文庫本といえども、細かい活字で22章、636ページ。
奇数章はフローラ・トリスタンが労働組合結成のためフランス各地を遊説して回った最後の7ヶ月間の活動とそこに挿入される子供時代からのエピソードを、偶数章はゴーギャンのタヒチからマルキーズ諸島での最後の生活を描いて居ます。
こちらも回想が挿入されて行くのは同じ。
この二人に共通する”血の熱さ”というのは、南米の気質なのでしょうか?

フローラ・トリスタンはペルー系スペイン帰属の父とフランス女性の間に生まれた女性です。幼少時代にパリで豪華な生活を送っていたのが、父を亡くした途端に貧窮して15歳で勤務先の皮革染工場の主に”買われる”ように妻とさせられ、数人の子供を産んだ後に夫の元を逃げ出し、ペルーの一族のもとに行きますが、認知されてないといして父の遺産請求を拒否され、社会運動に目覚めた女性です。

彼女が「労働者の権利」という本を書いたのが、マルクス=エンゲルスによる「共産党宣言」が出される4年前。ヨーロッパ中を歩き回り、労働組合の結成と女性の権利の確立を啓蒙して回ったというのですから、かなり進んだ女性だったのですね。
「スカートを履いた扇動者」と呼ばれたらしい。

サン=シモン主義とかフーリエの影響から出発して、空想的社会主義に満足すること無く”地に足をつけて”労働者が団結することを説いたのは貧窮生活の経験をしていたからかもしれません。
題名にある「楽園」というのは、ユートピアを追い求めた二人の心のなかにあった理想なのかも…。

スペイン語の原題は「次に角の楽園(天国)」という意味で、文中でもしばしば現れる子供の遊び<楽園遊び>から取られている。
正方形に並んだ子供たちの外に居る目隠しされた鬼が正方形に戻るために「ここは楽園ですか?」と尋ねると、子供たちが「いいえ、楽園は次の角ですよ」と答えるという遊びらしい。

面白かったけど、この人の本はすべて大部らしいので、次の作品を読むにも体力のある時で無いと…。

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by dairoku126 | 2017-06-14 15:40 | | Comments(0)

『緋の天空』葉室麟

e0171821_11295585.jpg精力的に新しい作品を次々に発表している葉室麟ですが、まさか藤原不比等の娘・光明子を題材に取り上げるとは思わなかった。
しかも、解説が諸田玲子とくれば迷うこと無く手に取りました。

葉室麟の描く時代は、戦国から江戸時代、幕末あたりが主で、それ以外の時代を取り上げたのは平安期の『刀伊入冠』と鎌倉時代の『実朝の首』くらいでしょう。
藤原不比等といえば、梅原猛を猛烈に読んでいた頃から馴染みの名前。持統天皇の治世から頭角を顕し、古事記の編纂で律令国家のイデオロギーを固め、娘を天皇に嫁がせて外戚として国政に威を振るった大政治家です。
そして、光り輝くように美しかったから「光明子」と名付けられた娘は聖武天皇の妻として皇族以外で初めて皇后の位に上った人物。東大寺の大仏建立にも深く関わった女性です。

なぜいま、光明子の話を書くことになったのかは分かりませんが、この時代は持統天皇から始まる次々に女性天皇が即位していった時代。小泉政権の時に議論されかかった「女性天皇」や女性宮家の創設などが日本会議寄りの安倍政権になってから議論さえされなくなった時代に、あえて女帝の物語を書いたことに意図があったのかもしれませんね。
これほど民のことを思い、必死に民衆に寄り添った政治を心がけた女性天皇の「覚悟」を書きたかったのかもしれません。

葉室麟の描く女性が魅力的なのは、凜として自分の意思を貫いて行く姿にある。
誰かを思い、愛おしむ気持ちを自分の幸せとして逆境にあっても失うことなく貫いて行く。
そういえば、解説の諸田玲子の描く女性もそうだったよな…と思いつつ読み終えてしまいました。


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by dairoku126 | 2017-05-26 12:43 | | Comments(0)

『陰翳礼賛』谷崎潤一郎

e0171821_12494606.jpg本の題名は、もちろん知っていたけど読むのは初めて。
昭和8年に書かれたということを知らずに読むと、何を言ってるんだか…?と思うでしょうね。
昭和30年代以降に生まれた人は、想像すら覚束ないのでは。
何しろ83年も前に書かれたものですから…。
まだ、江戸の名残が社会に残っている頃ですからね。

谷崎潤一郎の美学というものが、良く分かりますね。
確かに、日本伝統の「美」というものは、西洋のそれと違い「陰翳」というものが大きく影響するのでしょう。

思わず”納得!”と思ったのが歌舞伎の衣装の派手やかなことと、女形のどうしようも無さ。
電灯が発明される前のライティングを元に計算された衣装や女形という役割は、バカ明るい現在の舞台の上では軽薄なものに見えてしまうのですよね。外国人は、あの派手さが好きなようですけど…。
それと漆器や蒔絵も、暗い中に置くと映えるというのも分かります。

僕らのように戦後間もない生まれだと、子供の頃に「闇」というものを経験しています。
確かに街頭も電球だったけど、電柱の下に丸い光を生むだけ。周りには「闇」が広がっていました。だから、月光の明るさというのも知っています。
この月光の明るさは、70年代初期までは田舎に行けば味わえた。

初めて新島に行った1968年の時などは、満月の夜に松林を抜けて海岸に行くと、松の陰が道にクッキリと印されていたり、まったく照明の無い砂浜で人の顔がクッキリ見えたもんね。伊豆の白浜に波乗りをしに行くときも、満月の深夜に伊豆半島の照明の無い道を走っているときはヘッドライトに頼らなくても見えるほど、月の光の明るさというものは明るかった。

僕もどちらかというと照明は、薄暗い方が好きです。
この「陰翳礼賛」以外にも「恋愛及び色情」、「客ぎらい」など6篇が納められているけど「厠のいろいろ」が実に面白かった。これまた、水洗の洋式便所しか知らない人には想像も出来ない世界でしょうね。
吉行淳之介の<解説>も、素晴らしい。



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by dairoku126 | 2017-05-17 13:26 | | Comments(0)

『太陽の棘』原田マハ

e0171821_10132121.jpg相変わらず、原田マハに嵌まっております。
その中でも、この『太陽の棘』は、素晴らしい作品です。

米軍の統治下に置かれた1948年の沖縄。
沖縄戦で荒廃した故郷に東京美術学校出身の画家たちが集い、ニシムイ美術村を作った。
沖縄駐留軍の精神科医が彼らと出会い、アートを媒介に交流を深めていくエピソードを中心に、戦後の沖縄を描いている。

原田マハ自身が語っているように、まさに「奇跡の出会い」に突き動かされて書いたエネルギーが感じられます。

彼女がキュレーターという経歴・知識を活かして書いた「楽園のキャンバス」「ジヴェルニーの食卓」は、まだ構想すら出来てない時に書かれた話。

物語の中では「エド」という名で登場する精神科医・スタンレー・スタインバーグ博士から資料提供と話を聞いたこと、また彼の集めたニシムイ・コレクションが沖縄に里帰りして展示されたことは素晴らしいこと。ちなみに、表紙として使われている肖像はスタインバーグ博士を玉那覇正吉が1948年に描いたもの。

原田マハのデビュー作「カフーを待ちわびて」も沖縄が舞台ですし、派遣社員が社内新規プロジェクトに応募して沖縄産のラムを製造する会社の社長になるという実話を下敷きにした「風のマジム」も沖縄ならではのもの。
佐藤優が「解説」で述べているように、日本人(本土人)が沖縄のことを書くのは難しいことですが、踏みそうな地雷を巧みに避けている。

沖縄には仕事で2回ほど行きましたが、その時は仕事に追われて何も見ていない。
この本を読んで、「奇跡の出会い」がもたらした作品群を観に行きたいと思いました。

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by dairoku126 | 2017-05-13 10:58 | | Comments(0)

最近、読んだ本。

e0171821_11194603.jpg今日は、雨。
本を読むことは毎日欠かさないのですが、やはり読書傾向が偏ってしまうきらいがある。そんな中、普段とは違う本を読んだので…。

出口治明という名前は、佐藤優と池上彰の対談で知ったのだと思いますが(定かではないけど)、いつか読まねばと思っていました。
「全世界史」(上下巻)を読む前に、まずはどんなもんかと読んでみました。別に「仕事」に効かなくても良いんだけど。
出口さんが歴史に目覚めたのは、若い頃に上司のお供でキッシンジャーと会った時に「世界を相手に仕事をするには、その国の歴史と地理を学びなさい」と言われたからとか。
ビジネス・パーソンがグローバルな視点に立って仕事をする上で、歴史は欠かせない教養のひとつ。

学校で習う日本史・世界史とは違い相互の関連が非常に良く分かる。
特にIS以来注目されているキリスト教とイスラム教の関係や、ユーロ圏のこと、日本と中国を含めたアジア圏と西洋との関連など、グローバルな視点から書かれているので”日本独自の歴史”なんてものはあり得ないことまで分かってしまう。
”鎖国”した江戸時代といえども、世界の列強からの影響を免れていない。

目から鱗だったのは、シルクロードの交易というのは当時では一番交易量が少なかったこと。やはり海上輸送が一番多く、続いては蒙古から黒海へと続くステップ地帯での交易。
遊牧民が拓いた道は、確かにユーラシア大陸の東西をラクに移動出来る道だったのですね。
とても、面白い本でした。今度は「全世界史」を読んでみよう。

e0171821_11550226.jpgこちらは、娘の旦那からプレゼントされた本。
スヌーピーの生みの親・シュルツさんの生い立ちからスヌーピー誕生にいたるまでの話など「AからZ」に項目別に書かれている。
谷川俊太郎さんが「まえがき」にも書いていますが、この物語の素晴らしさは『偉大なマンネリズム』。
チャーリー・ブラウンを始めとする登場人物が、毎日毎日喜怒哀楽を繰り返しながら生きていることは、私たちの生活そのもの。
言葉や文化を超えて誰もが共感できる「世界」を創り上げたから、いつまで経っても鮮度を保っているのでしょう。

僕がスヌーピーを知ったのは、1965年のこと。友達が夏休みにアメリカにホームステイに行き、お土産でコミック本を貰ったのが出会いでした。
谷川さんが翻訳を始めた1967年よりも早いのです、エヘン!
キャラクター関係の仕事をしていた父に「日本でまだ見たことがないから」と勧めたのを覚えています。まさか、僕自身が会社生活の最後に再び関わるとは思ってもいなかった。

当時は、『Peanuts』を買おうと思ったら、有楽町のアメリカンファーマシーか原宿のコーポオリンピアに行くしかなかった。田舎の高校生には、敷居が高い場所でしたがTVドラマでしか見たことが無いような商品が置いてある”アメリカの匂い”に溢れた店でした。
わずか50年前でも、それほど当時の日本の生活はアメリカとはかけ離れたレベルだったんですよね。今となっては想い出の中にだけある、懐かしい場所です。


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by dairoku126 | 2017-05-10 12:59 | | Comments(0)

『猟師の肉は腐らない』小泉武夫

e0171821_13002511.jpg発酵学の小泉先生の本です。
小泉先生といえば、久米宏が「ニュースステーション」をやっていた時に、良く臭う発酵食品をスタジオに持ち込んで久米宏と食べていた。他の出演者はスタジオに漂う臭いにしかめ面をしていたのを想い出します。

この本は小説形式をとってはいますが、福島の八溝山地に住む猟師が身につけている原始の頃から続く「生活の知恵」を目の当たりにした学者の驚きと感動を描いて行きます。

その猟師に出会ったのは、渋谷の居酒屋。
カウンターの向こうで商売そっちのけで酒ばかり飲んでいる義兄ちゃんと意気投合した語り手の学者は、それから世界のあちこちで義兄ちゃんと出会うことになる。京都で修行中だったり、エーゲ海で海老の買い付けに来ていたり…。
とにかく二人が出会うと夜っぴいて酒をとことん飲むんですね。

そんな義兄ちゃんが、八溝に引っ込んだという便りをもらった学者が訪れることから始まります。学者の実家で酒粕から作った極上の「粕取焼酎」を2本ぶら下げて…。

AMAZONの紹介には『現代に、こんなに豊かな食生活があったとは! 福島の山奥、八溝山地。電気も水道もない小屋で自給自足の暮らしを送る猟師の義っしゃんは、賢い猟犬を従えて、燻した猪や兎の肉に舌鼓を打ち、渓流で釣ったばかりの岩魚や山女を焼いて頬張り、時には虫や蛙、蛇までも美味しくいただく。先人からの知恵と工夫を受け継ぎ、自然と生命の恵みを余すことなく享受する、逞しくて愛すべき猟師の姿。』とあります。

まさにワイルドライフ&生きるためのインテリジェンス満載の本ですが、戦前に田舎の人たちが持っていた「知恵」が戦後の便利さの前に喪われていくのを惜しむ書きぶり。
実に面白い本です。アウトドアが大好きな人たちは必見の書ですね。

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by dairoku126 | 2017-05-02 13:32 | | Comments(0)

『木もれ陽の街で』諸田玲子

e0171821_10414054.jpg諸田玲子には珍しい現代物。
向田邦子へのオマージュともいえる終戦直後の荻窪に住む家族を中心に描いた物語です。もっとも、うちの奥さんに言わせると昭和26年という終戦後の直ぐの時代は、TVドラマにしても時代考証が入るから「時代物」なのだそうだ。
ほぼ絶版になっているので、AMAZONで古書を買いました。

舞台となっている荻窪は、東京大空襲でも被害にあっておらず戦前からの住宅街と住民が暮らしている街。
与謝野晶子、井伏鱒二などの文化人や学者、軍人などが暮らしていた、ある意味ハイカラな街だったようです。主人公「公子」の家も元陸軍大尉の家だったとかで、サンルームのあるハイカラな佇まい。丸石を組んだ上に生け垣があり、その裏側は築山になっていて庭へとなっている…というのは僕の子供の頃に見た鵠沼の風景とも重なる。

当時のことですから、聖路加看護学校を出て大手商社に勤める主人公「公子」も職場と家を往復する毎日。暗黙のうちに門限も当然のようにあり、夕食は当然のように家族揃って家で食べている。まぁ、とても健全なお嬢さんですね。

その彼女の前に現れたのがデカダンを絵に描いたような画家の青年。
戦前にパリ留学したほどの鎌倉の裕福な坊ちゃんが、戦争で帰国する船で発病し、徴兵にも不合格になり、そのことが負い目になっている。
酒とヒロポンに溺れ、怠惰な生活に明け暮れる彼の生活からは想像もつかないような優しい母子像を描いた絵に魅了された主人公は、初めて家族に嘘をついて彼と付き合うようになる。
この恋愛の行方は、どうなるのか…という興味を抱かせつつも、主人公の周りではさまざまな事件が展開されていく。

この物語を読みながら、ドラマにしたときのキャスティングを考えていました。

「あとがき」で川本三郎は画家の青年は、森雅之が良いと書いていて僕も納得なんですが、さすがに古すぎる。自堕落な生活を送りながら、どこかに品性を感じさせる…なんて俳優は確かに今は居ないけどね。有島武郎の息子だもんな。僕の父とは成城で一緒だったようで、成城学園のOBの絵の展覧会には良く出品されていました。

…閑話休題…

向田邦子のドラマにしても、今の俳優でやるとなると難しいよな。
主人公の親友(お嬢さんで居ながら、最後に大波乱を巻き起こす)には満島ひかりというのは、直ぐに思い浮かんだのですが。
小説に書かれた年齢どおりにすると今の俳優さんは幼すぎるし…。
演技などは別にして、武井咲なんかを主人公にキャスティングしても良いかも。

この小説を読んでいて、何よりも感心したのは言葉遣いです。
この時代の空気感というのを感じるのは、登場する人物が発する言葉が美しいのです。僕もその時代の空気を幼少期とはいえ味わっているというか、周囲の大人たちが使っていた言葉を覚えているからでしょうね。
そもそも、諸田玲子は向田邦子の脚本のノベライズから作家としてデビューしているので、時代の空気感などは深くカラダに馴染んでいたのかもしれませんね。
主人公が初めて感じた激しい恋愛感情を端正な言葉遣いで描いてみせるなんて、諸田玲子というのはタダモノではありません。

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by dairoku126 | 2017-04-08 11:39 | | Comments(0)

『楽園のカンヴァス』原田マハ

e0171821_10383367.jpgこの本は、面白かった。

内容はというと…「ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに篭めた想いとは―。」

直木賞の候補にも上がったようですが、獲得はならず。
辻村深月が選ばれています。
ただ、その回の選評を読んでいても宮部みゆき、浅田次郎、阿刀田高などには強い印象を与えたようです。この選評というのも、審査委員がどこに力点を置いて本を読んでいるのかが分かって面白いものです。

確かに、人物像が深掘りにされてなかったりするところはありますが、とにかく目の付け所が良い。こんな美術品市場をテーマにしたミステリーというのも日本では珍しい。
作者が美術館のキュレーターをやっていた経験が活かされています。
原田宗典の妹だったんですね。

続編を書いて欲しい!と思わせる本でした。

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by dairoku126 | 2017-04-05 10:54 | | Comments(0)

松尾芭蕉、与謝蕪村、小林一茶

e0171821_10141980.jpg
江戸俳諧の巨匠といえば、芭蕉、蕪村、一茶。
この3人を取り上げた小説を立て続けに読んだので…。
それも、すべて「老いらくの恋」を取り上げている。

最初に読んだのは、葉室麟『恋しぐれ』。
蕪村の老境での、最後の恋を描いたものです。

俳人として名も定まり、画業でも一目置かれ、平穏な日々を京で過ごす蕪村が祇園の伎女に惚れてしまう。
その一途な思いに友人の上田秋成や円山応挙は呆れ、夜半亭一門の弟子たちは驚き、動揺する…という天明期の京を舞台に繰り広げられる人間模様を描いた短編集。葉室麟の細やかな目配りの効いた文体が、老いらくの淡い恋情を描いています。この本は、数年前に読みました。

e0171821_10142303.jpg諸田玲子『ともえ』は…
大津にある義仲寺、その境内にある巴御前の塚に額ずく一人の尼に、声を掛けたのは旅の途中の松尾芭蕉であった。
そして芭蕉最後の恋が始まるのだった。
その尼・智と芭蕉の淡い恋に、遙か五百年の時空を越えて巴御前と木曾義仲の縁が美しく絡む。
近江と鎌倉を、そして過去と今を往還する純愛ファンタジー。』という言葉に釣られて読んでしまいました。

木曽義仲を芭蕉が慕っていたとは、意外でした。
遺言で墓が義仲寺にあることから、ホントにそうなんでしょうね。
寛永から元禄という時代らしさも、この智月尼の経歴に諸田玲子ならではのフィクションが活きています。

e0171821_10142902.jpg
そして、藤沢周平『一茶』。
芭蕉、蕪村は俳人として一家を築き、門人にも恵まれ、創作に専念できる環境にも居た成功者ですが、一茶は継母との関係で北信濃の村から江戸へ丁稚奉公に出されるという書き出しから、貧との闘いの中から生涯二万句とも言われる創作エネルギーを発揮して独自の俳境に至る苦闘を描いて居ます。

江戸文化の爛熟した宝暦期の江戸。その「粋」に最後までなじめない地方人として描いたのは、鶴岡出身の藤沢周平が自らの体験を重ねているのかもしれません。

素朴な味わいのある一茶の俳句の裏側にあった「顔」。
二六庵の弟子を騙り、遺産横領人として汚点など貧の中でしたたかに生き抜き、故郷に戻ってからも汚名の中で若い嫁との荒淫に明け暮れるなど、親しみやすい句と対照的な顔があぶり出されて面白かった。
今年の1月に読んだ尾崎放哉の生涯ともダブるような一面を持っていたのですね。

奇しくも、大好きな作家たちの文章で江戸俳諧の巨匠たちの物語に出会うとは…。


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by dairoku126 | 2017-03-30 11:27 | | Comments(0)

『濹東綺談』永井荷風

e0171821_15033258.jpg永井荷風の代表作として、あまりにも有名な本ですが、今まで読んだことがなかったのですが…。そもそも、このブログのタイトルの「日乗」といいう言葉は、永井荷風の「断腸亭日乗」で知った言葉なので読まないと悪いかな?なんて手に取りました。

あらすじとしては…
小説「失踪」の構想をねりつつ私娼街玉の井へ調査を兼ねて通っていた大江匡は、娼婦お雪となじむ。彼女の姿に江戸の名残りを感じながら。――二人の交情と別離を随筆風に展開し、その中に滅びゆく東京の風俗への愛着と四季の推移とを、詩人としての資質を十分に発揮して描いた作品。日華事変勃発直前の重苦しい世相への批判や辛辣な諷刺も卓抜で、荷風の復活を決定づけた名作。
…とAMAZONの解説にはありますが、小説とも随筆ともつかない物語。
この小説の舞台となっている「玉の井」の私娼窟というのは、僕らの時代では窺い知れない世界ですが、僕らの大学時代まで残っていた渋谷駅周辺のラブホテル街などを想像しながら読んでいました。「オスカー」というジャズのライブハウスがありました。

鎌倉武鑑にも載っている名家の末裔として、洋行帰りの高級官僚の嫡男として生まれ、小学生から文学に傾倒し、中学時代に吉原に遊び、美術学校を目指すも父に反対され、外国語学校に入学したものの学校は怠け邦題、落語家の弟子になったり、歌舞伎座の狂言作者になったりした。息子の行く末を案じた父は米仏に留学させて実学を学ばせようとしたものの、父の意図に反して文学を学び、帰国してから立て続けに作品を発表した。

その作品が森鴎外の目にとまり、学歴もなしに慶應義塾大学の文学部の主任教授に推薦され、教壇に立つと共に「三田文学」を創刊。早稲田文学と対抗するかのように反自然主義、耽美派の文芸誌としての基礎を作った。
その頃には、父も荷風の生き方を認めざるを得なかったようですね。

私娼窟に足繁く通う男と娼婦の話ながら、猥雑に流れず、飄々とした話が展開されていくのは、こんな素性の良さが反映しているのかもしれません。


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by dairoku126 | 2017-03-28 16:04 | | Comments(0)