ホクレア・クルーを迎えて…

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昨日も、午前中は稲村の先までノン・ストップのロング・ディスタンス。約25分で行けました。午後は鎌倉芸術館で、来日中の2007年ホクレア来航時のキャプテン、チャド・バイション(現在はマカリィのキャプテン)やハワイ島でカヌーをはじめとする教育を実践しているポマイ(元マカリィのキャプテンの娘)、カウアイ・コミュニティ・カレッジで同じく伝統航海術を教えているデニス・チャン、富山高専で海員教育を行っている奥君の話を聞いてきました。
それぞれに良い話が聞けたのですが、チャドからは「自分たちの未来を知るためには、自分たちの過去・歴史を知らなければならない」という言葉と共に、まずホクレアがスタートした時の事情から解き明かし、ハワイの社会で「劣っている」と言われ続けて来たハワイ・ネイティブ達の歴史を再構築するためにも、自分たちが単にハワイに流れ着いたのではなく、意志を持って伝統航海術を駆使して移住してきたことを証明するためには、航海カヌーと航海術を復元する必要があったことを話してくれました。ただ、その当時、すでにハワイの中には伝統航海術は伝承されておらず、ミクロネシア・サタワル島の伝統航海士・マウだけが伝統航海術を教えてくれることを承諾し、ハワイでナヴィゲーターやキャプテンを育てた結果、ハワイに再び伝統航海術が根付くことになったことは周知の事実です。
彼らが、凄かったのは「次の世代」を育てるプログラムに直ぐに着手したことです。
現在も進行中で、さらに「次の次の世代」を育てていますが、そこには人種や国を超えた若者が参加しています。ホクレアが出来た当時は、ハワイ人たちの思いが強すぎてハレオ(白人)や他の人種は乗せて貰えなかったという逆差別の状態があったようですが…。e0171821_9451692.jpg
次に、ポマイからハワイ島での伝統文化教育の実践の話がありました。
ハワイ島それぞれの場所に残された歌に謡い込まれた言葉から、自分たちの住んでいる場所がかつてはどんな場所であったか、今は変わってしまっている風土の元の姿を探り、教えていくというものです。例えばワイメアなどは、今はパーカー牧場が大部分を占めていますが、昔はカヌーを作るのに最適な大きな森があったことや、豊かな流れがあったことなどを知ることが出来たと…。彼女の言葉で、一番印象に残ったのは「The Island is your Canoe.The Canoe is your Island」という言葉。
自分の足下の環境を大切にする、という思想のバックボーンとなる言葉ですね。
ひところ叫ばれた「宇宙船・地球号」という言葉より、地に足がついている感じがします。e0171821_9573081.jpg
続いて、カウアイ・コミュニティ・カレッジの中国系4世のデニス・チャン教授から、カウアイでの取り組みと海洋教育の内容の説明。
その中で、ホクレアでトレーニング中だった奥氏との交流から生まれた富山高専の子供達がカウアイで実践したプログラムの内容を中心に発表がありました。
彼の言葉で印象に残ったのは、ナイノアから言われた「自分のためだけにカヌーに乗る人間は乗せない」という言葉。このプログラムに関わった以上は、最後まで「人を育てる」というミッションを続ける覚悟が問われる、ということですね。
愛嬌のある、人懐っこい笑顔の奥に、確固とした意志を伺わせてくれました。e0171821_10154378.jpg
最後に、富山高専・奥准教授からの発表です。奥氏はホクレア日本来航時は、日本丸の一等航海士。
畏友・西村Kazuさんの後輩にあたります。
沖縄から熊本まで伴走船・カマヘレで日本航海のナビゲートを務めた後、熊本から長崎までホクレアに乗船し、ナイノアから誘われて毎年ホクレアでのトレーニングを続けています。
航海訓練所から出向で富山高専の准教授を務めていますが、彼が赴任して直面したのは海員教育をしても、就職先が無いと言うことです。
人件費が安い外国人船員が、日本の海運会社の船に乗ってしまうためです。
そのため目標を失った子供達が荒れていくという現実だったのです。
彼らを立ち直させるために彼が行ったのは、デニスとの交流を通じてカウアイでの体験。
実際にカウアイ島で建造中の新しい航海カヌーの組み立てに参加したり、サーフィンやカヌーを通しての海洋教育などを行ったとのこと。その結果は顕著に現れて、一番のワルだった子が率先して計画を作り、キャプテンとして富山から佐渡島までの100マイルの航海を伝統航海術を使って成功させたとのこと。勿論、荒れ果ててゴミだらけだった教室内もピッカピカに磨き上げるまでに自分達を鍛え上げて行ったとか。
もともと、今回デニスと通訳を務めてくれた池田恭子さんが来日したのは、奥先生の結婚式に参加するため。その模様は、西村氏のブログで紹介されていますが、デニスは和服で参加したようですね。
まぁ、二人はホクレア・クルーの間では「Twins」と言われるほど雰囲気は似ていますが…。
会の始まりにホクレアのハカとタイガーが伝えられたというカマ・ク・ラ・ハカのやりとりがありましたが、ハカというのは古事記に出て来る久米歌ですね、多分…。
隼人系の海人である久米氏は、「魏志倭人伝」に登場する倭人の特長である、文身(入墨)をしていました。それもポリネシアの習俗と一緒。一番上の写真で、チャドの腕に彫られたものもそうですし、タイガーもカラダに文身を入れてました。
昨日の話にもありましたが、この模様は授けられるもので自分勝手には入れられないとか…。
タイガーが遺したカマ・ク・ラに携わろうという人達は、チャドの「自分たちの未来を知るためには、自分たちの過去・歴史を知らなければならない」という言葉をもう一度噛みしめてみてはいかがでしょうか?
「自分達のカヌーは、自分達の島」なのですから…。
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by dairoku126 | 2010-10-04 10:54 | 文化 | Comments(0)


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